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[23]男に女。剣に鞘。②


「どうした?……難しい顔して、疲れちゃった?」



 白い肌と双丘に抱かれるように包まれていた少年がずっと起きていたことは知っている。


 行為の最中も、初夜見の聖職者達の目の中でも、まったく動揺している様子もなく。こいつ、ほんとに初めてかしら?などと思われせたほど泰然としていたケーシ。


 契約上の十歳の旦那さまは、先ほどから真剣な表情で私のお宝の入ったお腹を見つめている。


 チロッと視線を上に上げるが、私の顔を見てまた下を向いた。いや、違う。子供を見たんだ。


「魔力が漏れてます」


 ボソッと呟いたセリフの意味はなんなのか、不覚にもすぐには気がつかなかった。


 中に入って気づいたのですが、そう前置きする彼は私の目を真剣に見つめて無知だった私に教えてくれた。


「魔造性変異症候群。胎児にしては魔力が異常なほど高い……こんな場合、普通は二親が魔力をコントロールしてやるんですけどね…………このままじゃ普通の形では生まれませんよ」


 どうしますか?


 唖然とした私をケーシは真剣な目で見つめてくる。その目には冗談も、嘘も認められない。


「生まれながらのホルスになりますよ。俗に言うところの魔族ですね」


 何も言えない私。フルフルと肢体が震えだした。火照っていたはずの肌が寒い。汗が一気に厭なものに変わっていく。その私にケーシは、ケーシが今まで聞かないでいてくれたことを聞いてきた。


 私が忘れようとした男について。


「樹里。貴女の子供の男親は………魔族候補者ですね?」


 なんて、男だろうか。


 全部、ばれてしまった。頭がよすぎるよ、私の旦那で共犯者さん。結婚を急がせた理由のひとつがそれだよ、私の恋人は普通の人とほんの少しだけ違ってたの。


「もう……候補者じゃないわ」


 だから、私は私の想いを無視して結婚させられてしまった。


 唇が震えるのは悲しいからじゃない、悔しいんだ。あの男を人間の側に引き止めて置けなかった自分が!思わず掻き抱くように掴んだ二の腕に爪を立てた。


「ダメですよ、そんな自分を傷つけるようなことをしちゃ」


 やんわりとした声で手を抑えられた。思わず、キッと睨み据えた。


「今は、子供のことでしょう?この子の親については樹里が自分で決着をつけないといけないこと。……もちろん助力はしますが、なにぶん十歳のガキですからね。色恋についてはちょっと」


 ニヤリと笑って、私の傷を癒してくれる。少年じゃないよ。ケーシ、あんたはもう一端の男だね。


「ん。そうだね」


 なんとか無理やりに微笑んだ。今はアイツのことより、子供のことだ。


「なんか方法あるの?次期英国宮廷魔術師殿」


「俺が子供の魔力を抑えることは可能です。ただ、血の繋がりがない男がこの子供に深い繋がりを持ってしまうことを理解してください。この子のエゴが弱くて干渉が強すぎたなら隷属にも等しい繋がりになりますよ。悪い言い方をするなら、この子は一生、俺に縛られる」


 硬い言葉を吐き出したケーシに私は思いっきり笑ってやった。な~んだ、そんなことくらいか。ならオッケイだよ♪


「それなら良いさ。どうせ、ケーシのお嫁さんになる子供だもん。それに私の子供だよ?エゴが弱いなんてことありえない。気に入らないものにはチャント噛み付ける子さ」


 ポンっとお腹を叩いてやると、そうだよ。と言うように殴り返してきた気がした。


 ケーシがだから男の子だったら……と消え入るような声で愚痴っていたが、私はもちろん気にしなかった。









 私の赤ちゃん。あんたは私の大事な人がくれた愛情の証なんだよ。でも、その人はもうあんたの親にはなれなくなっちゃったんだ。エデンって言われてる魔界の空気で心が変わっちゃったんだよ、たいした変化じゃないんだけどさ。嗜好の変化って奴?私とあんたとは一緒にすめなくなっちゃったんだよ。


 でもね、ホルスとか魔族とか悪魔とか呼ばれちゃう人があんたの半身をつくってるんだよ。これは、絶対に忘れちゃいけない。


 自分がどういう生き物なのかちゃあんと理解して強く生きるんだ。引きずられてあの人の二の舞にはなっちゃいけいないんだ。


 そのためにあんたにいい物をあげるよ。最高の男だよ。まだちょっとちびっ子でガキだけどあと十年もすれば、あたしのいい人を超えちゃうかもね。


 あんたがケーシの前に姿を表す頃には、間違いなく熟れてるはずさ。


 だから、闇に引きずられちゃいけないよ。


 どんなに暗い場所にいてもあんたの男を探しなさい。


 そうすれば。きっとあんたは人として生きて、人として死ねるから。


 ……それは、とっても幸せなことなんだよ。ねぇ、わかるかい?









 慈しむように腹部を撫でながら語りかけていると、寝室にケーシが入ってきた。


「じゃ、はじめましょうか。準備はいい?」


「もちろん。いるのは風邪引かない暖かい部屋と少年だけでしょ?」


「それもそうですね」


 夜着の私と違ってケーシは魔術的な意味合いをもつ儀礼服を着ていた。白地に銀をあしらった礼服は利発な彼によく似合っている。月光浴を行ってきた彼は霊的にも充実しているのがよくわかる。


「部屋の中、浄化したほうがいいのかな?」


「あ、そうですね。外的要因でトラブルになったら俺の経験じゃちょっとこわい。お願いしますね」


「はいよ」


 ニッコリ笑って快諾すると私は部屋に飾った桜の枝に目を向けた。


 スラリと手を伸ばして許してあげる。


「喰べてもいいよっ」


 途端、今までただの枝だったものが成長を開始する。角の壺に刺されていた枝がグニャリと曲がり壁を伝って寝室を覆っていく。


「さすがは桜使いの一族ですね。桜は魔性を喰らうのはしってますが、こんなに自然で自立的な結界はみたことありませんよ」


「お腹空かしてたから、おあずけ解いただけなんだけどね。どう、室内の霊的浄化度は?」


 ケーシの緑の瞳が室内をサッと見回す、その後で満足そうに微笑んだ。完璧って奴らしいわ。さすが、私の魔術!


「始めましょう、魔力誘導を」


 ベッドに横たわっている私の横に腰掛けるとケーシも私と同じようにお腹を撫でてくれた。


 今から、始まるのは新婚の夜の営みではない。


 赤ん坊の過剰魔力を外部に吸い出す儀式である。昼間は、これでも何かと忙しい二人であるし、監視とまでは言わないがレガ-ナッシュ家の眼があるのである。そんな時間帯に儀式を行えば、魔族化しそうなほどの魔力を持った赤ん坊が樹里のお腹に居ることがばれてしまうし、なにより初夜が開けた次の日にもう子供が出来ていたらいくらなんでもおかしい。異界と繋がってから成長のはやい人間や、まったく体の育たない人間が生まれることもあったがさすがに十歳の子供が一発で当てて、それが成長のはやい特殊胚であり、ついでに異常な魔力をもっている、というのはいくら何でも話に無理がありすぎる。


 だれも、そんな話は信じないだろう。


 そこで夜の生活である。


 貴族とはいえ、監視がつくのは初夜見のみだ。次からのプライベートは守られる。この時間帯を利用しないわけはなかった。


 これから、樹里の赤ん坊が自分で魔力を押さえられるほどに成長するまでは毎晩この儀式を続けようというのが二人の取り決めであった。


 ケーシの話では魔族えっっと……なんだっけか?まぁ、変身病の治療は生まれる一月ほど前まで続けてやれば十分らしい。そのあたりで、産休だって言って上海の方に引っ込んでしまえばレガーナッシュ家の眼からも子供の産み月をごま化せられるだろうし、いくらなんでも計算道理だと速すぎる。


 計画は万全だ。実家の家族は当てにならないから乳母のとこに身を寄せさせてもらえるように密かに手配したしね。……実際、いろいろ動いてたのは私の旦那さんだけどさ。


「こんばんは、今から君の熱を冷ましてあげるからね」


 ゆっくりと目を閉じたケーシ。添えられたままの手の平から魔力の流動現象が始まる。お腹の中に収まっているときは気がつかなかったが、外に誘導された魔力の色を実際に見て驚いた。その濃度もさることながら、樹里の一族とは明らかに魔力の質が違ったからだ。それにこの魔力には見覚えがある。


 この魔力は、私の男と同じ種類だ。雷神と呼ばれていたあの人とそっくりだ。


「少年……。」


「…………。」


 声音の違う私に何か感じたのか眉がピクリと反応したが、儀式を継続しているケーシに告げる。


「問題発生だ。………この子は、生まれてもこの家に連れてこれない。私と少年の子供にするには無理があるよ。……この子は祇桜家の魔力を継いでいない」


「………………。」


「この子が継いだのは私の男の…千次朗の魔力だ……。」


 聞こえているんだろうにケーシはまったく顔色を変えずに儀式を続行している。


 私は消え入るような声音を吐きおわると弱々しくケーシの添えられた手を押さえた。


「祝福のない手でこの子を撫でるのならやめたほうがいい。…感受性の強い子は、気づくよ」


 ハッとして私の手が止まる。


「でも、私たち一緒にすめなくなるんだよ?!この子が生まれればみんな気づく誰の子供かってね」


「…………それがどうした?」


 絶句する私にケーシは本当に不思議そうな顔をして言った。大きな瞳が私の言葉の意味が全く理解出来ないと告げている。


「この子は俺と樹里の成した子じゃない。だけど、俺はこの子を愛した。俺の子として愛し、この子が生まれることを他人として祝福すると決めたんだ。今更、嫌がったって遅いぞ。俺はもうこの子が気に入った。だから、最後まで責任を持って愛してみせる。魂に触れればよくわかる、とても純粋な子だ、そして強い。闇に惹かれるような子じゃない」


 一気に捲し立てやれて呆然とした私を放って彼は言う。


「いいか?下品な言葉だが、君風に言うならこうだな。『情けねぇこと言うんじゃねぇよ!てめぇは母親なんだからもっと強くなりやがれ!男と同じ魔力の質だったからってビビってんのかぁ?!てめぇはそんなに自分に自信がねぇのかよ!今度こそ、大事な奴守ってやろうって気にゃならねぇのか!』」


 すごい剣幕のケーシに私はただ震えた。一瞬だけど、この子を愛していなかった自分に気づかされて恐ろしかった。それを見抜いてくれた彼に感謝する。


 感情をあまり表に出さない彼が今、肩で息するほどに怒っていた。ケーシは私以上にこの子を愛してくれていたのだろうか。


「…………ねぇ」


 暫く、荒く息づいていたケーシが怒っていない声で私の沈んでいた顔を上げさせた。


「……一緒にすめないのは寂しいけど、きっと愛情は伝わるよ。それにこの子は俺もいるし、なんだったら別居してもいいんだ。君は上海で暮らせばいい。祇桜家のことも心配いらない、今は無理だけど、きっと何とかしてみせる」


 その言葉はとても優しくて、我慢していた涙を誘った。


 ポロポロとこぼれる涙が視界ゆがませていったが、目の前のケーシの優しい微笑みだけはよく見えていた。


 ありがとう。私の旦那様、今はすがらせてもらうね。明日にはきっと強い奥さんにもどってるから、今だけはすがらせて。涙とか悲しみとか後悔とか、ぜんぶ私は今夜捨てる。








「じゃあねー♪かわいい赤ちゃん産んでくるから~」


 大きく膨らんだお腹でえっちら、ほっちら移動しながらタラップを上がっていく。でっかいジャンボ機の下には我が親愛なる共犯者どのが笑顔で見送ってくれていた。


「上手に産んでくださいねーー」


 初産の妊婦に言うにはちょっと妙な応援だったが、私は小さくガッツポーズを作って微笑んだ。


 少しのあいだだけど、さらばイギリス。第二の故郷よ。


 マタニティーブルーだなんて嘘ついて私は故郷に秘密裏に渡ることになっている、向かう先は乳母の家。あそこで隠れて赤ちゃん産むんだ。


 赤ん坊とは生まれて一月くらいは一緒に暮らす予定。私にケーシがヒットさせた日というのを設定してある手まえそう言う時間設定になってしまうのである。


 その後は、私は共犯者殿のところに戻るてはずになってるってわけ。


 もちろん、赤ん坊のことは流産ってことになる。


 完璧だわ!


 年に数回、夫婦喧嘩やって乳母のところに逃げ込めば、赤ん坊の成長も見守れるしね。


 まぁ、俺も子供を見たいってケーシがごねるでしょうけどその辺は我慢してもらわないとね。


 それに、どうせ赤ん坊は大きくなればケーシのところに行くんだからそれまでのお楽しみにしてやろう。


「そうだ。名前考えなきゃ!…あいつより強い子になってほしい。………千の力よりも強い子に……。男の子なら万樹と書いてカズキ。女の子なら万葉と書いてカズハ……うん、これで決定」








 楽しげに名を呼んでお腹を撫でる樹里。


 これは、今から十二年前にあった本当のこと。


 狭い世界で生きてきたケーシという少年が外に飛び出す切っ掛けの事件。上海は樹里が里帰りした一月後、突発的に開いた異界の門よりの魔素に飲まれる。


 祇桜慶慈、本名ケーシ・レガーナッシュが祇桜樹里の死を知ったのはそれからしばらくしてのことだった。





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