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[21]万葉、出陣④



「銀田は?」


 事件の真相に迫るために進入した煙突の機関部。


 中心部に伸びた尖塔が施設全体の機関部となっているのは構造的に見ても間違いない。


「あいつなら、さっき死体が気になるといって出て行ったぞ。……見てきたほうがいいか?」


 田村の言葉にすこし思案する竜胆。


 ……ここに敵はいないのはもうわかってるし、銀田もあれでかなり有能だから大丈夫。


「ううん。いいわ」


 それより、今はこっちが気になるし。


 機関部は異常に大きな空間になっていて全員で手分けし事件の手がかりを探して見てもちょっと時間がかかりそうだった。


「田村くん、下はお願いね。私は上に行くわ、ちょっと心配だから」


「ああ。上にはあの連中が行ったからな」


 天井を上目で見て田村は苦い顔をした。私も苦笑してしまう。


  上階には目下私たちの頭痛の種となっているコデブちゃん御一行がいらっしゃるのである。


 心配だよ。


 もちろん、コブタの命がじゃないわ。なんだか、すごくやばい事をアッサリとしてくれちゃって、それが私のピンチに繋がるんじゃないかってこと。







 …………妙ね。



 駆け上がった施設の二階。


 一階よりは狭いがそれでも十分に広い機関室で私は粘つくような嫌な空気を嗅ぎ取った。


 電源のストップした暗がりの中、姿勢を半身に構えて、遠くを見通すようにして息を殺した。


「だれもいない」


 先に上がったコデブはどこ?


 腰に差し込んでいた拳銃に手を添える。


 だれかが潜んでてあいつ等を殺した?


 鼻を効かせなさい、万葉。なんの匂いがする?……血は匂わないわ、だれも血を流してない。死臭はどう?殺し方によっては血は出ないわよ。……死は匂わない。誰も死んでない。


 間違いない、ここに死の香りはしない、でも。


「豚臭いわ」


 私の長い右足が跳ね上がったのはこの時だ。もちろん、唐突に空手の稽古を始めるような私じゃない。


 身の危険を鋭く感じ取っての行動だ。


 回し蹴り気味に飛んだ私の爪先が暗がりに見えた光物を跳ね飛ばす。そのまま勢いを殺さずに回転、その威力を左手に握った拳銃の手元で男の頭部らしきところを殴りつけた。


 同時にいつの間にか背後に回ってきていた何者かを回転したときに銃撃。眉間に穴が開いたのを視界の端に確認した。


 殴り飛ばした男から醜い悲鳴があがる。


「ひぃっつ……」


 その悲鳴が大きくならない間に、のた打ち回る男に向けて蹴り突きを放ち、喉を潰して黙らせる。


「な、なんで…」


 闇の向こうでもう一人の大きな男が立ち尽くしている、出遅れたらしい男が呆然と呟いた。


「撃たないって思ってたわけ?……ふふ、なら馬鹿ね。私は自分の身を守るためなら迷いなく引き金を引ける女よ」


 ほんとうに馬鹿な男だ。


「ねぇ岩本くん?」








「私を暗闇で襲ってなにする気だったの?粗暴で礼節を知らない君たちだからどうせろくでもないことだろうけど」


 うろたえないでよ、コブタちゃん。


 レイプでもする気だった?あんなのチンケな欲望を満たしてやるために私はここにいるんじゃないのよ。


 岩本はチラリチラリと倒れ臥した二人の男を見ている。


 喉が潰れた男も、額に穴の開いた男ももう二度と動き出す様子もない。


「こ、殺しやがったな、殺しやがったな仲間をよぉ!?」


 汚く唾を飛ばしながら激昂する岩本、な~にぉ戯けたことをおっしゃることやら私だよ?仲間だろうがなんだろうが、私を襲ってもいいのは慶慈さんだけ。


 って、なに言わせるんだか。


 今は殺伐とした殺し合い現場なんだから。


 つまり、私が言いたいのは「私を襲ったんだから死刑は当然でしょ?」ってこと。







「くっそ?!ふざけんなよ!」


 いやいや、ふざけちゃいませんよ。


 私が哀れなものを見る目で見つめてやる前で岩本が悪あがきし始める。


「喰らえ!」


 吼えると共にマシンガンの銃口を上げてくる。


 だけど、撃ってくるのを待ってる私じゃあモチロンない。ポイントしておいた引き金を躊躇なく引ききる。


 パンっと乾いた音をたてて飛び出した弾丸は岩本の心臓を正確に射抜いたのを見届けてそれで終わり、私は小さく吐き捨てた。






「ほんとに馬鹿ね。くだらないわ」















 うつ伏せに倒れた岩本。


 ユックリと歩を進めて死体を乗り越えていく。


 岩本以下三名はトラップに掛かって死亡、学園にはそう伝えてあげるわ。


 時間と人員がほんとにくだらないところで減ってしまった。


「急いで終わらせないと」


 四人でやるはずの作業を一人でやるのかとゲンナリしてしまった。


 緊張が解けたからか、貞操の危機に自分でも気づかないうちに疲れたのか。それとも、一応は味方だったらしい人間を殺したからはわからないけど、この時私は常らしくないことに魔力の収束に気がついていなかった。


 今生きてるから言えるけど、ほんと四国の生徒にあるまじき失敗だと思う。






「死ねよーーーー」


 振り向いた私が見たのは血を噴出しながら、絶叫する。


 狂相を呈した岩本、捻じ曲がった恨みが巨大な精神のエゴとなり、それがますます魔力として巨大になっていく。


「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 殺しきれてなかった。能力でぎりぎり防御したのか。


 仰向けにして這うようにしてこちらを見上げるどす黒い目玉、死を目前にした人の力か岩本の普段を遥かに越えた魔力が伸び上がる。


 叫び声とともに発動する岩本の念動力、撃ち込んだ弾丸が火花を散らして岩本の眼前で弾け飛んでいく。


 ヤバイ。そう思うまもなく、迫り来る絶対領域。


 拳銃を投げ捨てて、心臓と喉を庇い後ろに向かって飛んだ。


 飛びながら一心に魔力を練り上げる。


 防御する暇はない、攻撃して相殺しないと………力を溜めろ、練りあげて紡げ!閃光のように激しい一撃を。










 ざまあ見ろ。


 眼球に竜胆に届く己の力を見て取り、岩本は暗く笑った。


 テリトリーに入った獲物はにがさねぇー、捻じれろ、潰れて、弾けろや。


 最後の力を込めてかざした左手が何かを潰すように握りこんだ。


「殺した」


 声にはならなかったが喝采をあげる。


 手に入ったぜ。このクソ生意気ないい女が、おれみたいな屑のものになった。


 かかかかかか。


 おれのもんさ。


 あの世で待ってろ、おれが遊んでやるからよ。


 念動によって潰れたであろう女の姿を見上げようと満足げな顔を上げる岩本。


「……んでだよ?!!」


 淡く輝く何かが竜胆の周囲を守るように舞っている。


 目をつぶっている竜胆はおれを見てもいない。


 目を大きく見開いて確かめると、何かの華片が桃色に光っている。その光が完全にこちらの力をシャットダウンしているのだ。


 なんだよ、邪魔すんなぁあよ。







「ぃぃっッふっきとべぇーーーーーーーーーーーー!」








 竜胆の声がおれの耳に飛び込んできた。


 クソッタレが、おれを殺す言葉だってのになんでこんなに綺麗な声に聞こえるんだよ。


 青白い雷が竜胆の体から無作為に飛び回った、周囲に伸びた雷竜の顎が機関部を這い回っておれの身に喰らいついた。


 おれが何をする間もなく、全身の神経がブッツリと切れてそれでおれのクソみてぇな人生は終わった。











「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 全開でぶっ飛ばした魔力に肢体が悲鳴を上げていた。


 プロセスを踏まずに、無理やりバイパスした代償。


「すっごい汗。無茶したかな」


 全身にびっしょりと張り付く戦闘着、冷たすぎる汗の理由はそれだけではないだろう。


 岩本以下三名、トラップに嵌り全員黒焦げに変更しないとね。


 ちょっとやり過ぎたかな?


 キョロキョロと辺りを見回すとあちこちがバチバチと火花を放っていた。


 ぼんのくぼをポリポリと掻く。


 でも、次の瞬間さらにヤバイと思われる事態が起こった。パチッという音と共に、なんと電源が点いたのだ。


「え?発電機が起動した?…もしかして今のショックで?!!」


 さらにまずい事に機関部の電源以外の場所、尖塔の上のユニットが低い稼動音をさせ始めた事だった。


「……まずいかも?」


 思う間もなく機関室のブロック機能が動き出して隔壁が何枚も下がってきた。


 分厚い鉄板は簡単には穴が開きそうもなく。


 って、閉じ込められたら出られないじゃないの!


「待って、待って、待ってー!」


 無情にも閉まり続ける隔壁を頭を低くして潜り抜けて階段を全速で走り抜けた。








「隊長!なんだこれは?!」


「いいから、全員施設の外に出なさい!」


 突然の事態に慌てふためく皆を一喝。


 この自体を起こした張本人が言うのもなんだけどね。


 しかし、見ればみんな隔壁を恐れて外に脱出した後のよう。階段を駆け下りてきた私を見て、施設の入り口から盛大に手招いている。


「て、ちょっと待ってよ」


 見れば、出入り口の隔壁はもう半分降りてしまっている。


 間に合わない~。


 自己新記録を塗り替えないとスライディングをしても間に合わないと思われた。


「まかせろ。隊長、…おぉぉぉっりゃ!」


 田村が長槍を右腕に担ぎ上げるようにして、槍を大砲のように思いっきり隔壁へと叩きつけていた。真下から打ち突けられた隔壁はその衝撃で、一メートルほど持ち上がった。


 機械仕掛けの隔壁である、いったい何トンクラスの威力がその槍撃に込められていたのか。


 素晴しいわ!田村。もう一発お見舞いしてあげて!


「肩外れた」


 なんで~!


 右肩を押さえてうずくまる田村。


 死に物狂いでヘッドスライディングしてなんとか間に合ったけどホントに私は死ぬかと思った。


「た、助かった~」


 ちょびっと涙目になったのは内緒だ。





 でも、助かったと思ったのはちょっと早かったらしい。
















「浅田がやられたー」


 何十人という蘇り人が魔力の光を放ちながら迫ってくる。


 すでに五人の仲間が動き出した連中に飲み込まれてしまった。


 初めて出る味方の被害に私たちの動揺は大きい。


「慌てるんじゃない!田村!君が先頭よ、速く行きなさい!」


 肩を入れなおした田村を突き飛ばすように送り出す。


「しかし、隊長。後ろは…」


「るさい!!速く行け!」


 隣の人からマシンガンを分捕って弾丸をばら撒きながら私は思い切り怒鳴ってしまった。


 もう、他人に優しくしてやれる余裕もない。


「速く!君が突破して全員その後に続く!そのままキャンプまで脱出!」


 足踏みする男たちのお尻を蹴飛ばして追い立ててたくなる。


 ほんと、速く行けっての。


 せっかく、私が時間を稼いで上げてるんだからね。


 ああ、それにしてもムシャクシャする!


 迫ってくる蘇り人の放つ巨大な炎をギリギリでかわし負けじと撃ち返してやりながら、私は口汚く悪態を付き捲っていた。


「あの豚野郎!最後まで足引っ張っんじゃないわよ」


 ちょっと理不尽に見えるかもしれないけど竜胆万葉は不機嫌の絶頂だった。柳眉に皺を寄せた彼女は美しいが、とても恐い。


 本当に腹の立つ。


 余計な事はするなってちゃんと言ってあったのに、あのお馬鹿さんたちはしっかりやってくれたわけよ。


 しかも、最初に死んじゃって責任もとりゃしない!責任の片方をもってる私が全部背負わなきゃならなくなったじゃないの。


 理不尽なこと言ってないわよね!?私。


「わらわらと寄ってくるんじゃない!」


 左手にマシンガンを固定したまま右掌に練り上げた力を前面の空間に叩きつける。


 空間を波動が伝い火の玉を次々と空中で爆散させていった。飛び散る火の粉が蘇り人たちに降りかかっていく。


「ちょっとは、怖がって下がりなさいよ」


 唇を噛んで唸った。


 意識があるのかどうか、わかんないけどこの人たちはどうやら簡単なプログラムにそって動いてるみたいだ。


 ほんとに簡単なプログラム、戦術コンピュータが人間の脳を模倣したフレームを構築する際できあがるバグを含んだ初期理論。


 人間にある集中という特殊でありがたいプロセスを欠いたマシンに持たされる最初の行動指令。


 動く者に反応せよ…ね。


 動くものがなくなるまで止まらないってわけ?


「上等よ」


 私は祇桜慶慈に近しく生きることを望む女。慶慈さんならこの程度を苦境とは言わないはず、なら。


「私にとっても苦境じゃない」


 そうだよね?樹里ママ。


 弾の切れたマシンガンを投げ捨てて、不適に微笑む。


 スッと一呼吸して、精神を高めていく。


 胸の前にあわせた両手の間に丁寧に力を紡いでいく。


「生まれいでよ…………死蝶」


 掌で一つの淡い青緑の光が生まれたとき、三人の蘇り人が飛び掛ってきた。その動きは俊敏で早い、しかも空を飛ぶ彼等の背後には先ほどよりも多くの炎が見える。


 三人で動きを止めて、私ごと焼き殺す?


 いい手ね。


 堅実だわ……でも、少し遅い。


 会心の笑みを浮かべた私の両手から眩いばかりの光が放たれる。


 光を放つのは小さな蝶の群れ、しかしただの蝶じゃない。


 翼に、その燐粉に恐るべき牙を隠した必殺の業。


「いけ!」


 両手を頭上に掲げて掌を開くと閃光のように鋭い軌跡を描いて蝶たちが飛んだ。


 蝶たちが次々と敵の血肉を食い破り突き通していく。


 貫かれた蘇り人たちは穴の開いた体を不思議そうに眺めていたが、ニタリと笑ってまた動き出してきた。


 小さな穴が開いた程度では致命傷には遠いらしい。


 しかし、嘲りの目を向けるのは竜胆も同じである。


 ………死蝶をただの飛び道具だとでも思った?


「雷燐」


 艶やかな紅唇から零れた言葉が引き金になったかのように蘇り人たちが内側から爆砕した。


 身のうちから青白い閃光がバチッと放たれると共に雷撃がその身を駆け巡ったのである。


 私にとっての前面の敵、つまり後ろから迫る敵は今の一撃で殲滅できた。


「でも、簡単には抜けられないかな」


 後ろがいつの間にか、蘇り人たちに抑えられていた。


 エルジルフの新入生徒の数は確か二千人だったかしら?これはかなり骨が折れるわ。


 フーッと一呼吸をユックリと吐き出して視野を広く取ると今の状況がよくわかった。


 腰に差し込んでいた大振りのナイフに手を添える。


 手持ちの武器は弾の少ないマシンガンと、このダガーそれにパイナップルが一個だけ。


 ちゃんと皆は逃げたみたいね。私も続きたいとこだけど、同じルートは無理ね。


 皆の後ろについて行った敵で、目の前に道はなかった。


 一番薄いところを駆け抜けよう、大丈夫。守る相手はいないんだからどうとでも………………ニヘリ。


 顔が崩れてしまった。眼前の敵も、心配しなきゃならないワタシの仲間も、ワタシが殺した下らない連中も、ぜーんぶ頭から吹き飛んだ。


 そりゃもう、綺麗さっぱりね。


 だって優先度が違うもん。私にとってはこれこそが一番。それも二番とはずーーーっと差のある一番。


「わかるよ。ワタシにはわかる」


 わかるよ、貴方がわたしにはわかるわ。


「慶慈さん!」


 見上げた空に紅髪の天使がいた。





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