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[20]万葉、出陣③



「…ん?」


 二三歩行った所で俺の足は止まってしまった。


 上を向いて暫く虚空を睨むようにして耳を澄してみる。


「チィッツ……始めたか」


「ど、どうしました?先輩」


 突然立ち止まった俺におろおろと聞いてくる熊男。


「煙突を補助につかって霊を体に降ろす気か」


 口の中で呟く。


 微かな振動音が俺の異常に発達した耳に届く。


「うわ、なんだ霊が急に……………先輩いったいこれは?」


 俺に遅れて気づいたのか驚きの声をあげる熊男、まぁ驚くのもしょうがない。


 さっきまで自分の体の近くをただ未練がましそうに漂っているだけだった霊たちが今、煙突内を凄まじい速度で回転しながら上昇していく。


 ツイストしながら頂上までたどり着いた霊たちは交じり合い、光の繭のようになりながら回転を続けていた。


「誰かが始めたのさ」


「は、はじめたって」


「さっきも言っただろ。…実験だ」


 頂上で形成された繭はすべての霊が集まった瞬間、一際光り輝き、続いて無数の白い閃光となって地面へと降ってきた。


 俺の目には確かに霊体が肉体に入る様が見えた。


「驚いたな。…まさか、蘇りの力をこんなに早く拝めるとは」


  ………しかし、やり方が荒っぽすぎる、あれじゃまともな物が出来るはずがない。


  さっき熊男が抱き起こしていた仏の目がパチリと開く。


「う、動いたーー」


「ぃぃいぃいぃぃぃぃぃぃぃっぃいぃっぃ」


 やっぱり、出来損ないだな。


 もう人の口から出る言葉は喋れないか。


 これならただのゾンビと大して変わらん………っと、思う。


「腐臭が消えたな」


 精気を帯びた死体が水分を吸い込んでいく、ついでに頭が割れそうな悪臭もだ。


「あ、あのこんにちは。僕は銀田と言います。あの~、貴方にまだ意思はありますでしょうか?」


 おお、ナイスな質問だぞ!熊男。


 これでどの程、人間なのかがわかる。


 さてさて、熱湯かけられて戻った人方の返答や如何に?!!


 注目の一瞬。


 返答はなかったが………替わりに、手を伸ばしてきた。


「助け起こして欲しいんですか?」


「やめとけ、熊男。握りつぶされるぞ」


「えっ」


 呟いた時にはもう手を掴まれていた。熊男の顔が苦渋に染まり、口から悲鳴が漏れる。捕まれた右手がミシミシと鳴っている。


 なるほど、やっぱり敵かよ。


 熊男のデッカイ顔すれすれを俺の鉄拳が飛ぶ。


 グシャっとした気持ちの悪い音とともに肉が潰れてその出来損ないの蘇り人はこんどこそくたばった。


 へぇ、感触は生身のそれと変わらんし、なかなか温かいな。けっこう、精度のいい蘇りかもしれん。















「ぎいゃぁあああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー」






 悲鳴が煙突内に高く響いたのはこの時だ。


 高く高く響いた悲鳴が末尾にいくほど細くなっていく。


 場所はかなり離れてる。


 死んだか?まぁ、今のは男の声、まちがっても万葉ちゃんじゃない。


「ぎゃあぁっぁぁぁぁぁああぁぁうあぅあぅあぁぁぁっぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー」


「どぁっと?!…なんでおまえが悲鳴をあげるんだよ!熊男!」


 どこからの悲鳴か耳を澄ました瞬間、耳元から上がる大絶叫!


 ムンクの叫びを彷彿とさせる怖がり様に俺様のほうがビビッたわい。


「だって、人の悲鳴。悲鳴のあげられる人って言ったら」


「薬師の生徒だろうな」


「なんで、そんなに冷静なんですか!!?」


 暴れるな熊男。


 わかってないようだから教えてやる。


「四国の生徒が無事卒業できるのは全体の半数だ。その半数ってのは、この島を出て行く奴が半分。島に住み着く物好きがその半分。残りの生徒は死ぬんだよ」


「死、死ぬって、そんな」


 口をパクパクさせる熊男。


「いいか?…覚えとけよ、熊男。こいつを実践できるかどうかで、おまえがこれからただの役にもたたねぇ一生徒になるか、それともスゲェ男になるかが決まるんだぜ」


「な、なんなんですか?」


「テメェが死ぬとき以外脅えるな」


 何が起こっても脅えるな。


 震えれば狙いが定まらない。悲鳴を上げれば呪文が使えない。顔を覆えば両手がふさがる。


 それによ。…ぶるってる奴なんか、みっともないだろ?それじゃ、俺の敵になったときおまえに殺しがいもなくなるじゃないか。


 ニンマリと微笑んで我が後輩を見る。


 熊男。この年で霊眼を備えたその資質、生き延びれば間違いなく伸びるガキだ、


 もし十年後にこいつが俺の敵として現れたらさぞ心踊る殺し合いをさせてくれることだろう。


 煙突の換気能力がドーム内を旋回して香気を運ぶ。香ってくる新鮮な血の匂いに俺の食指が蠢きだす。


 ヒクヒクと鼻を利かせればなんとも甘い香り、禍々しいほど赤い唇をチロリと舐め上げた。


 ヤバイな。


 血に酔ってる、速く次の獲物探しにいかねぇと味方で遊びたくなっちまうよ。


「ぎゃぁああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー」


「ぁあ、また?!」


 今度は叫び返さなかった熊男だが、味方の悲鳴に更に顔色が悪くなる。悲鳴の出所は先ほどと同じ場所。


 どうやら我が後輩たち、かなりのピンチらしい。


「行くぞ」


 飛び出した建物の影、その向こうに立つのは今まで転がっていた人間たち。


 なるほど、全部の死体が蘇ったわけか。


 立ち上がったままピクリとも動かなかった蘇り人。


 ユックリとこちらを見て笑いやがった。全員が笑み崩れたまま、顔が不自然な位置まで捻じ曲がって九十度以上傾いていく。


 そして、傾くほどに収束していく力の渦。


「魔力まで使えるのか?これは、すこしは楽しめそうだな」


 バネ仕掛けのように首がブルンッと元に戻った瞬間、俺目掛けて無数の火の玉が放たれた。


 ファイアーストームとでも名づければいいのか炎が尾を引いて宙を駆ける様は見ている分にも壮観だった。


 目前に迫る炎の嵐、全天から迫る死を約する力、避ける場所はない。


「咲き乱れろ!ジュリ」


 背を仰け反って俺に住まう住人にコンタクトする。


 変幻と同時に俺の内で目を覚ましていた女が歓喜の声を上げて飛び出してくる。


 背骨が下からから竹割りに裂けて、内側からもう一人が外に出た事を喜び叫んだようだった。


 両手を広げて灼熱の炎に、その殺意に狂喜したのが俺にはわかる。


 さぁ、美しく乱れてくれよ。


 ジュリが練り上げた力を撓めた俺の右腕を大地へと突きつける。


 ドンっと響く音とともに大地を何かが走った。


「妖林…千本桜」


 ニヤッと笑って俺が告げる。


 直後、炎の一つが俺に直撃した。


 爆裂するオレンジ色の炎、凄まじい豪炎。次々と着弾するごとに地面が蒸発し吹き飛んでいく。


「ぬるいな」


 細めた目でにんまりと笑ってやった。


 フッと長く伸びた髪を振ってみても焦げた髪の一本もない。


 この程度じゃ、死ねないな。


 わざわざ、防御してやる気にもならない。噴出した魔力の壁にすべて遮られてこちらまで届かない。業火の痛痒をまったく感じなかった。


 ジュリが戯れるようにその手に絡まして遊ぶのが精精といったところ。


 おまえ等はジュリの糧となって美しく咲くがいい。


 地に付いた手を離した瞬間、出来損ないの蘇り人たちが地から生え出た桜にその胸を刺し貫かれて空高くに宙吊りとなった。


 見渡せば一面、桜の林。


 舞い散る花弁が恐ろしいほど妖しく俺を化粧する。


















「せ、先輩。すごいですね」


 熊雄が桜の林をキョロキョロと見つめながらやってきた、やっと着たか、…出足遅い奴。


「先輩、いまさっき分裂しませんでした?」


 アストラル体のジュリが見えたのか。俺程度になるとアストラル体もある程度、物質化できるからな。放し飼い状態であんまりコントロールしてないから、どのくらい生え出てるのかしらないけどよ。


 まぁ、見られたところで俺という生き者を理解することは出来ないだろう。タフでイカレた媒介能力者だけに許されるホルダーという生き方を見ただけで理解できるか?


 できねぇよな?そう思うだろ、おまえらもさ。


 下目で見つめた胸元は俺にとってとても温かい、だけど他の奴には化け物としか見られない生き物を飼っているんだからな。


 まぁ、それをわざわざ説明してやろうなんて思わないけどな。


 もったいねぇよ。


 俺を構成する大事な記憶を教えるなんてね。


「気のせいだ。それで納得できないなら、気にするな」


 まだ聞きたそうな熊男に俺が笑顔で語ってやる。説明する気もない、おまえが最高に旨そうな女でもなければな。


「ほれ、さっさと行くぞ。遅れないでついてこい」


 さぁさぁ、次だ。


 もっと遊びがいのある相手。どこにいるんだい?出てこいよ?


 この程度の敵じゃ足りないんだよ。


 俺を俺たちをイカセテクレ。


 濡れた吐息を吐きながら俺は走り抜ける。


 いつか見つかる事を夢見る、俺の渇望を埋めるなにかを。


「おまえらじゃ、埋まらないんだよ」


 進むほどに現れる蘇り人。彼等が俺に送ってくれる感情は殺意にしても薄い。


 もっと濃いのがいい。


 壊れた人間にも、終わった人間にも興味ない。


 最高のエゴをもったイカレ野郎にサイコ野郎………いいじゃないか?


 俺は愛してやるよ。


 オマエ等が壊れるまでな。


 風のように疾走して、蘇り人たちを置き去りにしていく。


 意識の目を背後に向けたジュリが嘲るように笑っていた。





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