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[2]であったふたり②



「ゴスッ」


 物凄い勢いで振り下ろされた右足はデブの側頭部にクリーンヒットした、どれだけ力がこもっていたのか巨漢のデブは独楽のように回転しながら五メートルは吹き飛んだ、本当にルーキー、しかも女なのかょ。


 一瞬静まりかえった講道館、変わらないのはマイペースに演説を続ける校長だけだ。


 だが、次の瞬間デブの仲間たちが無言でナイフやブラックジャックを取り出したのを見て荒事に慣れていない連中が悲鳴をあげた。


「フム、敵が手強いと見ると躊躇なくエモノを取り出し無言で囲む、精神的にも相手を追い詰めるいい手だ。しかしそれに怯んだ様子もないあの女もなかなかやる。そう思わんか?慶磁」


「気配を殺して近ずくなっていつも言ってるだろ、いつか変態と勘違いされて月組みのお嬢たちに追い回されたことがあっただろうが。それになんでおまえがここにいるんだよ聡美」


 同じクラスの聡美、サトミなんて名前をしているがこいつはれっきとした男だ。聡美は俺と身長は同じくらいだが体重では四十キロほど重いその巨体で有りながら驚くほど器用に気配を消す実に心臓に悪い男だ。でも、なんでこいつがここにいるんだ?こいつの成績は俺と違ってけっこうよかったはずだ。


「最初から気がついている者が何を言う。それに今回は必要だから気配を消しているんだぞ。我がプロレス愛好会は今、人材難でな他の連中より早くルーキーに目星を付けておきたいのだ、見つかったら摘み出されてしまうではないか」


「俺にはもう見つかっているじゃないか」


 意地悪く言ってやると、聡美はちょっと考え込んでから不意に嬉しそうな顔をした。


「ムウ、では我らが興行の一年間無料パスを」


「いらねーよ」


「クッ仕方ない、ではあの女の第一指名権をくれてやる。これなら満足だろう」


「それこそいらねーよ、内の方針では勧誘はしなくていい事になってんだ、運動系サークルについていかれなくなった連中が夏をすぎりゃーいくらでも入って来るんだからな。まあ一つ貸しということにしといてやるよ」


「……頼む」


 聡美が苦業僧のような表情で唸っている時、


「遠くで囲んでないでさっさと掛かって来なよ、なんならコッチから行って上げてもいいわよ?」


 嘲りを含んだ余裕の声と共に少女が正面でナイフを構えていた茶髪に飛び蹴りをかました。猫のような瞬発力で次の瞬間にはもう一人の真ん前に潜り込む。反射的に突き出されたナイフをダッキングしてかわし、抉り込むようなボディブロー、その体制からの槍のような回し蹴りが背後に回った野郎に突き刺さる。


 ……こいつは俺の出る幕は無さそうだなと考え始めたとき空気が動いた、最初にくたばったと思っていたデブにこの場の空気が収束している。


 念動力能力者!それもかなりのレベルだ、チンピラのリーダーなんぞが持っているにはもったいない能力。この力は当たり前だが目で見きるのが難しい、俺も昔この力に酷い目にあったことが……いやっ今はそんなことはどうでもいいことか。




 今まで周りに溶け込んでいただけだった気配が霞みの様に消えていく。


 魔力を使っての戦闘を傍観していたとなれば吉田にいったい何を言われることか


「……やっかい事はご免だからな」


 幸い今のところ魔力の発動の気配に気づいているのは、隣で嬉しそうに相好を崩している聡美だけだ。(こいつにはこの事態もご馳走が自分から走って来たように見えるのだろう)今のうちに無力化するべきだろう。


 誰にも注意を引かれずにデブの背後に周り奴の首筋に一撃をくれてやる、その次の瞬間にはもう人混みの中に消える。その様はまさに夜の風!今の一連の動きを完全に知覚できた者は誰もいない、そう今まさに意識を失ったまま突っ立ているデブも何が自分の身に起きたのかも気づかぬままにゆっくりと前のめりに崩れ落ち………メギョ……へっ何だ今の音、まるで倒れかかって地面に落ちる瞬間に低空からのアッパーを咽に喰らったような音に似ていたような?似ていなかったような?


「ハイッこれで終わり」


 その場の雰囲気に全然そぐわない少女の弾んだ声。


 …死んだんじゃないのか?あれ。舌をダラリと出したデブが俺の目の前に吹っ飛んで来た。 折角、人混みに紛れ込んでいたのに飛んできたデブの制で人の群れが割れ、呆然と固まっていた俺は一人取り残され正面から少女と向かい会ってしまった。


 彼女は俺に視線を向けて不思議な表情をした。まるで小さい頃よく遊んだ子に偶然再会したようなそんな感傷にも似た感情がその顔に浮かんでいた。泣き出しそうな、脅えたような、でもとても満ち足りたような嬉しそうなその顔。その表情が妙に大人びていて俺は彼女から視線を外すことが出来なかった。


 一つ小さな呼気を吐くと彼女は静まりかえった会場の中で全員の注目を集めても恥ずかしがることなく真っ直ぐ前を向いたまま俺に近づいてきた。


「ありがとっ。祇桜 慶磁さん」


 少女は俺の耳元にそう囁きながら、俺の傍らを抜けて出口に向かって歩いていく。


 視界の端から彼女が消えて初めて動けるようになった俺がいた。固まっていた脳細胞が働き始め、何か……何か言おうと考え始める。


「……名前、なんで?」


 もっと聞きたいことは他に有ったのに俺が彼女に向けた最初の言葉はそんな間の抜けた物だった。もっと気の利いた台詞が出てもいいもんだろうに。普段、勝手に回るだけ回る俺の舌が片思いの子に告発する純情少年の様に萎縮する。


 でも振り返った彼女の顔は偉く嬉しそうなものだった。


「さて、なぜでしょう」  


「あっ腕章?」


 からかう様な表情で彼女はにんまり笑った。正解だったのか?それとも、外れていたのかはその表情からはわからなかった。しかし、ありがとって言うからには俺の気配に気づいたってのか?漸くして、まともに働き出した頭で考える。どうやらこの子は本当に他の新入生とはレベルが違うようだな。間違いない、この子は今年度のルーキー争奪戦の中でも人気ナンバーワンになるだろう。 


「じゃ~ね、慶磁さん」


 彼女はさっき迄、乱闘をしていたとは誰も思わないような機嫌のよさで俺に言ってくる。 入学式が未だ続く講堂を後にする彼女。その後ろ姿に見ほれている俺がいて、彼女のボイコットを阻止することも今の俺の仕事の一つだってことを完全に忘れた。


 しかし、俺への彼女の親愛とも言えるような慣れた感情はなんだろう……さっきの気性の荒々しさからは考えられないほど俺に向けてくる空気は甘い。


 彼女のような娘なら余計なことをしたと言って怒る人もいるのに……



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