[19]万葉、出陣②
「これ……やばいよ。……そんなはずない、なんで。……なんでこんなに精気が満ちてるんだ?」
意思を無視してブルブルと震える両手でなんとか骸に手を掛けて抱き起こした。
「よいしょっと」
骸の顔を上に向けて寝かせてやる。
「ごめんなさい。でも……ちょっと見せてくださいね」
水分を吸い取られたように干からびているエルファシル生徒たち。
「確かに、死んでる。霊魂も抜け落ちてる。…うん、間違いない」
覗きこんだ先は、何も映す事のなくなった黒瞳。
死んでる。
でも、この死体はやっぱり変だ。
なんだよ。これじゃ、まるで……
「フリーズドライされた冷凍食品みたいだ、か?」
「ヒィッ」
死体を抱きかかえてブツブツ言ってた巨漢くん、せっかく俺様が素敵でビンゴな推理を口にしてやったのに酷いじゃないか。
しかも、振り向いた男の青ざめた面といったら……麗しくも美しい俺を何と見たんだ?
「脅えんじゃねぇ!熊男」
「フギャッ」
俺様の長く優美な脚が熊男の鼻面に直撃、こんどは豚のような哀れな鳴き声を揚げて俺様の溜飲をほんのすこしだけさげてくれた。
おー、盛大に鼻血拭き出して、愉快にバタバタ暴れてくれるぜ。
熊男は死体がそらもうイッパイ溢れている死の庭を転げまわった。
死体の上を転がるたびに、まだその辺、彷徨ってる霊たちが恨めしそうにその巨体に絡みついていく。
「うぇーーん。なんだか肩がおもいーー」
「あ~あ、体中巻きつかれちゃって」
見る間に数十体の霊体にグルグルまきにされてしまった。
俺は更に熊男を小突き回してケラケラと笑い続けた。
哀れな慟哭の悲鳴が微かに漏れ出るグルグル巻きを俺が助けてやったのはそれから暫くたってのことだった。
なんだかんだで助けてやる俺って、いい奴じゃん。
「れ、霊を素手で殴るなんて……。」
呆然として目でみてくる熊男。
尊敬の気持ちと感謝の気持ちが足りてない目をしている。失礼なガキだ。
「助けてやったんだから、俺様に言う事があるだろうが?!熊男」
ハッとしたように佇まいを改めたのは、俺の首元に光る薬師の校章を見つけたからだろうか。
「あ、あの。どなたか存じませんが、助けていただいてありがとうございました…」
ぺこりと頭を下げる熊男。
殊勝な態度だが、口元が真っ赤で鼻が曲がっている姿は酷く滑稽だった。俺がやっといてなんだけどさ。
しかし、次の言葉で俺様の機嫌も回復する。
「……美人のお姉さん!」
ニコリとでかくて厳つい顔で謝る熊男。実直そうな面がその言葉が素直に口から出たことを物語っている。
……美人のお姉さん?
ふふふ、口がうまいじゃないか。熊男。
俺様を完全に女と間違っているのはいただけないが、まぁ、それは俺様の化け方が見事すぎるからしかたないしな。しかし、形容詞に美人とつけたところはポイント高いぞーーー。
すっごく、高いぞーー。
俺様ってば、さっき無礼で女の扱いをしらないぶ男に絡まれちゃったりしたから、こういう素直な褒め言葉を言われると、うはははは、なんだか浮かれちゃうじゃないか。
「熊男、……おまえけっこう可愛いい後輩じゃないか」
肩を思いっきりバシバシとぶったたいてやった。
「あ、やっぱり先輩なんですね?あー、ビックリした。ほんと心臓が口か零れるかと思いましたよ。僕って気が弱いんですから。……あと、僕の名前は熊男じゃなくて銀田と……」
「それはそうと熊男」
「だから、僕は銀……」
「熊男はこの死体の山を見てどう思う?」
生意気にも俺様のつけてやったありがたいネーミングを拒否しようとしてくるが、そんなことはもちろん許さない。
おまえの名前は熊男。
ぜったい、それで押し切ってやるぞ。
「この仏さんたちですか?……それはさっき先輩が仰った言葉といっしょです」
諦めたような顔で熊男が返してくる。
納得したようだ。
「……そうか。となると、敵さんの目的も推測できてきたな。なんのためにやったのか?ってのはわかんねぇけど」
長く形のよい顎に手を当てて、しばし思案。
その横で熊男がコクコクと頷いている。
フリーズドライされた死体。つまり、熱湯をかけるかレンジでチンすりゃ一気に生き返ってくるってことだ。
ゾンビとしてじゃない。
完全に意思をアストラルボディーを持った生き物として。
「先輩。やっぱり、これは蘇ることを見越して綺麗に保存された死体なんでしょうか?」
「……蘇りは、この狂った世界にもエデンにもまだ現れていない力だ。いくら、理想的な死体を用意したところで肝心の復活の決め手がないから無理だ。……しかし」
ここは四国だ。
なにが起こっても不思議じゃない世界。
今だ世界が確認していない未知の力が、いつ現れるかどうかわからない。
「可能だと確信している奴がこの近くにいる、とは思っといたほうがいいだろうな」
「…ということは、このいっぱいの仏さんたちを作った理由は…」
ブルッと震える熊男が俺の答えを求めるように見上げてくる。
「実験だろうな」
サラッと告げてやると熊男の顔色がさらに青ざめた。
周囲の森に展開していた忍者たちを片っ端から蹴散らした俺様は、意気揚々と万葉に会いに、じゃない。事件の真相を解明するために決死の覚悟で煙突へと侵入した。
しかし、エルジルフに事件の黒幕はいなかった。というか、人っ子一人居なかった。
耳が痛くなるような静寂の世界に、下を見れば仏さんの大群。上を見ればうざったいほど大量の霊ときたもんだ。
恨めしげに見つめてくる霊を俺様の殺気で軽く蹴散らし我が愛しき万葉とその他大勢の後輩を探していた俺が最初に見つめたのは、死体に向かって手を合わせて震えている熊男。
そして、出会った後輩と親交を深めつつ現状を語り合う俺たち。
そう。ここからが問題だ。
奇妙なほど保存状態のよい死体。
今のご時世、別に死体なんぞ珍しくもないが、ここまで綺麗な死体はとんとお目にかかったことがない。
これは、明らかに作意的なものを感じる。
殺し方は、空調に毒ガスでも流したか、それとも特殊な魔術でも用いたのだろうが、あまりにも綺麗な死顔なのだ。
「……根本的に間違ったかな」
ゲートが開いたのはほんとに俺の良く知っているエデンという名の異界との扉かどうか、怪しくなってきた。
もしかしたら、もっとヤバイところと繋がってるかもしれない。
蘇りを、だれかが試そうしているなら、これが一番ありそうな話だ。
「四国……死国か」
だれかが、逆周りでも試したか?
四十八箇所の霊地はプロジェクト凍結と同時にマッドウインドが爆破したはず。
もう、他の次元と穴が通じるはずがないのに、残された綺麗過ぎる死体が頭に激しく警鐘をならす。
「こいつは……思ってたよりもっと頭のいかれた奴らが敵らしいな」
言葉とは裏腹に俺は笑って言った。
丁度いい。
俺を存分に楽しませてくれるくらい、イカレてるなら大歓迎だ。
俺がイクまで遊んでやるよ。
最後まで俺の面倒見てもらうぞ。途中で止めさせはしないからな。
クッと釣りあがった唇が禍々しいほどに赤い三日月のようだった。
「先輩…?…」
「熊男。お前等はもう帰れ、今から帰ればちょうど脱出の準備も出来てるだろうから、さっさと他の連中にも伝えに行け」
「え……あ、あの?」
「祇桜慶慈が後はすべて引き受けたと万葉に伝えろ」
施設に背を向けて外に向かって歩き出した俺に熊男が手を伸ばすが、俺はもうそんなものを気にもしなかった。
俺の巨大化したエゴが早く行け、と激しく急かす。
わかってるさ、楽しいもんなぁ。血を流すのはよー、頭が吹っ飛んで百回分のエクスタシーが一度に襲ってくる感じがするじゃないか。
興奮に体が火照ってくる、もっとクレ。快楽を。俺が欲する快楽を。
緩んでるんじゃないかってくらい濡れてきちまうよ。
たまらねー。
早く、あの穴に向かいたい。
あそこに何があるのか?
俺の知らない何かがあるかもしれない。
「知らない事がある」
……はははは、なんとも嬉しい言葉じゃないか。楽しくなるね~。
さあ、俺を楽しませてくれ。