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[18]万葉、出陣①



 鬱蒼と茂る森は益々その緑を濃くしているようだった。後ろを振り返っても来るとき使ったルートを正確に辿ることは出来ないだろう。


 私が今、手を付いている木はすでに直径3メートルをゆうに超えている。高さに至ってはどれほどの物か想像も出来ない。


 複雑に絡み合った森の葉枝は空を完全に隠してしまっていた。


 崖上から見ただけでは正確な情報を得られなかったとは言えすでに、ここに来たことを後悔している自分がいる。退屈はしない学園だというのは聞いてはいたんだけど……ここまで刺激的な体験が待っているとは思わなかったわ。


 それに先程から以上な魔力の気配が匂って来ている。


 しかもこれは、どうやら私たちが来た方向のように思える。


「前門の虎、後門の狼ってとこかしらね」


「洒落になってないですよ。…と言うか何でそんなに嬉しそうなんですか?」


 ボソリと漏らした私の呟きに銀田がイヤそう震えている。田村は私の顔を変な物でも診るような目で見ていた。


「ん?……私、嬉しそうだった?」


 周りのみんながコクッコクっと首を上下させる。


 可笑しいな?私は逆境に燃える熱血少女タイプじゃないんだけど……


「周り中から力が溢れてるのにそんなに嬉しそうにしないでくれ。特に後ろの奴はとんでもないレベルだ、禍々しくって吐き気がしてくる。無事に逃げられるのか自信がなくなってきてるってのに…なんで隊長はそんなに余裕なんだ?」


 戦闘レベルだけで言えば、自分たちの中では最高を誇る田村が後方を警戒している。彼は教習期間中にC級エージェント免許を持った教官を5人抜きしている。六人目が聡美教官でなければまだまだ記録は伸びただろう。


 彼が脅えているほどの存在がこの近くに居る、それだけで周りのみんながゾッとしたように顔を歪めた。


 自分にとってももちろん厄介な相手と言える、純粋な戦闘だけなら私は田村に適わないのだから。


「後ろの心配はいらないわ」


 言ってしまって気がついた。


 わたしは後ろの力に敵意を持てないでいることを。離れていてもわかるほどに凶悪な力なのに。


 みんなが?マークを頭に浮かべている。当然だろうな、自分でもなんでそんなこと言っちゃったのかわかんないんだから。でも、これはさすがに信じてくれないだろうな…私は見える物より感を信じるタイプだもんね。


「…なんだかよくわかりませんが…」


「竜胆さんがそう言うなら…」


「大丈夫だなっ」


 ……全員があっさり認めてしまった。この人たちこんなに簡単に人を信用してこれからの人生だいじょうかしら?とっても心配になってきたわ。








「隊長っエルジルフ見えてきましたよっ」


 ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。深い闇の中にエルジルフ実習用キャンプ、通称『煙突』が見えてきた。


 事件の黒幕が潜んでいるかも知れない悪の要塞を探る。


 今回の任務は今までとは違い、実戦だ。しかも、実力的に観るならば一年しか居ない今の自分たちでは逆立ちしたって適いっこない相手。




 レベル1の勇者に魔王を倒してくれとか訳のわかんないことをほざく王様よろしく送り込まれたルーキー勇者御一行。






 ホントに死人なしで帰れるかしら……。自分が死ぬなんてことはかけらも思っていないけど、いよいよ危なくなったら一人で逃げる気だ、悪いが命をかけてまで守り抜こうなんて気概は私にはない。


 遠目に見えたエルジルフは周囲を囲う巨大なドームによって内情を伺うこと全く出来なかった。


 だが、感が鋭い者はみんなすぐ気が付いていた。


 静かすぎる。人間の気配がしないのだ。あそこには6千人近くの人間が居たはずなのに、集団が発する熱気のような物が全くしなかった。


 そこはまるで何かを包み隠しているかのように、ひっそりと息を殺して森の静寂にとけ込んでいた。


 まるで物語に出てくる伝説の雹都フェシレスのようにすべてが静止してしまったかのように動きをかんじさせなかった。


 物語では家出した南国の王子が呪いのかけられた王女の心を解きほぐすことによってフェシレスの止まっていた時間が動き出すとそんなものだったのだが……、私たちは王子のようにこの異様な煙突の中からハッピーエンド的ラストをかざれるだろうか。


「竜胆さん?どうかしました?」


「うんん。なんでもないわ。じゃっ最後の任務よ、みんなここからはより一層注意してね」


「ええ、ここに来るまで警戒網らしいのには遭遇しませんでしたからね。よっぽど奴ら自信が有るんでしょうよ。まあそう言っても、こっちとしても攻め込む気なんてさらさらないんですけどね」


「当然よ。任務は哨戒と偵察それだけ。と言うか、それ以上のことは出来ないわっ」


 私はちょっと強めにそう言った。私たちのチームにも何人か馬鹿は居る。ッというか初めての実戦に酔っていると言う方が適切かも知れない。


 筆頭は入学式の時に張り倒してあげたオデブちゃんねっ、今もふて腐れたような顔で舌を出している。


 その周りに数人それに同調している輩が居る、彼らは女に率いられていることが認められないらしい、そのくせ口に出してそれを言うようなことはしない、能力的に劣っていることは認めているらしかった。


 つまりは、まだまだ子供ってことなのよ。


 それを纏める私は幼稚園の保母さんって感じかしら。は~っ。


 気苦労って減らないものなのよねぇ。


「それにしても変ですね」


「ああ、変だな」


 そう、それもさっきから気になっていたのだ。


 不気味さに拍車をかけている要因の一つはそれなのだ。


 いないのよ。居なくちゃならないののが、拠点防衛に置ける重要なファクターがいないのよ。


「なんで見張りが居ないんだ」


 今まで巨木の陰から様子を見ていたのだが、どうも様子がおかしい。全く見張りの気配がないのだ。ハイテクな監視の目にも電気が通っていないようだった。


「ほんとに人っ子一人いないな」


「……どうした物かしらね」


 ポツリと漏らした私の呟きにみんながパッと反応する。その表情はむずがる子供のようである。




「個人的意見を言っても良いなら、私はサッサとこんなところからは遠ざかりたいんだけど…ここまで来て、なんの情報も持ち帰らずに帰るのも何なのよね。でも、何だか中に入ったらイヤな物が待ってそうな気がするし」


 そこで又、一つため息を付いてしまう。吊られて何人かが一緒にため息をつく。


 つまりは、みんな危なそうな物にはさわりたくないのだ。しかも、ここからは明らかに予定外の行動になる。


 最初の計画では、取り敢えずこの事態のもっとも疑わしい犯行グループであるエルジルフの状況を伺い知るというと言う物だが、それは今すぐ薬師に攻めてきそうか?などと言った遠目にもバリバリ戦闘準備してますって感じかどうか確かめに着たのだ。




 しかし、着いてみると最初の想定と大きく違うこの事態!


 エルジルフの内情を確かめない限りは、犯人に確信をもてないではないか。


 もし、もしでは在るが、犯行グループがエルジルフでなかった場合、今回の事件の真犯人を知る手掛かりを永遠に失ってしまうかも知れないのだ。


 そうなれば、知らない間に殺人鬼が隣の部屋で暮らしていたなんてことにもなりかねない。






 それはちょっとゾッとしないじゃない。


 つまり、今回わざわざ少ない戦力を分散してまで聡美教官が私たちを偵察に出したのは、今回の犯人に繋がっている小さな糸を捕まえさせるためであるわけだ。


 逆を言えば、糸を掴めば直ぐにでも引き上げても良いことになる。


 そこから前述した目的を当初は添えていたのだが、難儀なことにどうやら敵施設に侵入しなければ目的は達成できそうになかった。


 ただの偵察と言うミッションが、侵入工作と言う結構、難しそうなミッションに化けてしまったのだ。


「……やっぱり中に入るんですか?」


 全員を代表したように、銀田が恐る恐るとゆう感じで聞いてくる。みんなはその周りで祈るような目を私に向ける。


 そんな目で見られても、どう言えってのよ私に。


「入るんですよ」


 私は自分でもイヤに成りながらも、その内面を外に出さずにニッコリとした笑顔を浮かべた。


 みんなが私の笑顔にハ~ッと諦めたような、しょうがないというような表情で動き出す。


「暴れたい人は私と一緒にこの中にはいりましょ、他の人はこの場でもしもの時のために待機しててっ、あっ後、銀田には一緒に来てもらうわよ。霊が見えるのは君だけなんだから」




 私の一言にみんなが他人の顔色を見回す。見るからにやばい感じのする煙突のなかに自分から入りたがる馬鹿がいるのだろうか?考えていることはそんなもんだろう。


 私だって入りたい訳じゃないんだけど…ほら、よく言うじゃない。君子危うきに近寄らずって。


 潜入員として名乗りを上げる物はなかなか出てこない。


 泣きそうな顔で十字を切りまくっている銀田の肩を諦めたような顔をした田村が慰めるように叩いている。彼の能力は本物だ、それ故にか、本当に危険な事態には本人の意向を無視して参加が義務づけられている節がある。そう言う風に事態をもっていった私が言うのもなんだけどね……。


「俺たちが行って遣ってもいいぜぇ」






 妙に鼻につく物言いだった。






 最初の参加意志表明者は自分でもこいつはイヤだなっと思っていた奴が出てきた。無意識に顔をしかめてしまう。周囲でも私と同じ反応があちこちで上がっている。


「岩本くん、俺たちって誰と誰なのかしら?」


 コデブちゃん、豚科の変種に間違いないであろう人物に岩本なんて普通の名前があることに酷い違和感を感じるがこれがこいつの正式名称らしかった。


「もちろん、浅田と坂井だよ。他にこんなに勇気と自己犠牲精神を持ってる奴なんていないだろう」


 そんなことは最初から解っている、違うことを祈って一応聞いてみただけ。






 この二人は入学以前からのコデブの手下だった。入学式のときに殴り倒した奴の中にもいた連中だし。今もデブの後ろで卑屈に笑っている。不良の本領と言うべきかしら、やっかいなことこの上ないけどこの三人は戦闘力だけを見るなら一年の中でも抜きんでてる、そうじゃなければ絶対つれてこないタイプの人間なわけよ。


 こいつらと一緒じゃ、安心してられないのよね。


「竜胆さん、俺らも行きます」


 そう言って、八人程が申し出てくれた。この三人を野放しにするのは怖すぎるのだ、それこそ何をしでかすか解らない、それがここにいる全員の認識なのである。


 つまり、見張りの意味を込めて申し出てくれているのだ。


 急に増えた参加者にデブが何かわけのわかんないことを息巻いているが、これで私と銀田、田村を含めて十四人、ちょうど半分に分かれた訳ね。


 ここにあの三人を残していくのも何となく怖いし、これがベストかもしれないわね。


「よ~し、それじゃこの十四人で忍び込みましょう。……くれぐれも慎重にっ誰かに見つかっても攻撃されない限り逃げるのよ、反撃は最終手段なんだからね」


 全員が頷いてくれたが、あの三人のイヤな表情が妙に引っかかった。








 エルジルフ学園第六教習修練場、通称『煙突』その名称は施設全体を包み込む巨大なドームから付けられた名前らしい。




 エルジルフ学園は四国に在りながら、海外からの援助を受けた海外資本の学園だった。


 この学園は四国に在っては異色な存在である。ヨーロッパが人材獲得の目的でその運営費の四割を出資しているのは結構有名な話である。


 四国に置いてその存在を問題視されなかったことには理由があった。


 特質化しすぎて、外の世界と隔絶してしまったこの四国に置いて海外とのつながりを持つこの稀少な存在は便利な存在でもあったのである。


 海外とのラインは学園を運営していくに当たって他の学園に差を付ける重要な要因になりえたのだった。


 結果として、海外の介入を四国に許すと言う危険を冒しながらも、それに目を瞑ってあまりある利点をとったのである。




 そして煙突と称されるドームは巨大な呪力増幅装置であると言うのも結構有名な話であった。四国が今ほど安定していなかった時代に巨大な海外資本をバックに決戦兵器として建設された代物らしかった、確か30億だとか40億だとか、が今では重力を少しだけ異字って滞在者の基礎体力向上に貢献するだけの代物らしかった。


「初めて聞いたときは笑ったわよね、そんなお金使って使い道は今じゃ通販で買えるボディービルグッズと大差ないなんてねって」


「それが今じゃ、巨大な呪霊増幅装置か。洒落にも成らんな、見てみろ銀田は死人より顔色が悪い」


 田村があごを癪って見せた先には今にも神の御許に旅だってしまいそうな銀田がいた。


 ブルブルと今まで以上に震えている彼を笑う余裕はもう私には無かった。


 煙突の中で私たちを待っていたのは待ちかまえる敵でも、罠でも無かった。


 一目見てすぐに解った。煙突に近づくにつれての異様な静けさにも納得させられた。


 自分たちは遅かったのだ、ここはもう終わっていた。何もかもが……。


 エルジルフの中で動いている物は侵入者である自分たちだけだった。


 エルジルフには生きている生徒はいなかった、耳が痛くなるような静寂の中で彼らはあちらこちらに崩れるように倒れ伏していた。


 彼らは自分たちが事切れる瞬間まで自分たちの未来がここで終わってしまうなんておもいもしなかっただろう。


 その死に顔は悲痛な断末魔のようなものではなく、普段通りの何気ない一瞬のまま固まってしまっていた。



 抵抗することもなくその命を刈り取られた彼ら。


 あまりにも異常な光景に初めは絶句してしまった。死人を見るのが初めてとは言わないが、これだけの人の命が失われるような事態には出会ったことがない。


 殺人現場だと言うのにそれは酷く稀薄で薄っぺらに感じられた。瞬き、一つする間に彼らが再び歩き出すのではないかと思わせる、………鼻の奥が痛くなるようなこの悪臭が無ければ。


 腐食はドームの換気能力によってそんなに進んでいなかったが彼らはどう見ても死後一日以上経過したものだった。代謝の止まった体は体中の穴から液体を垂れ流す。


 生前みずみずしく張りのあった肌を持っていたであろう、目の前で横たわるエルジルフ女性徒の面には老婆のような皺がよっていた。


 彼らはすでに体液を吐き出しきって乾きだしているのだ。


 初め、彼らは今回の事件に伴う何かの異変に巻き込まれたのかと思ったがどうやらそうではなかったらしい。



 彼らは知らないのだ。


 今回の事件を。


 彼らは異界の門が開く前に殺されていた。


 つまり、エルジルフは黒幕ではなかった。真犯人は別に居る。この森のどこかに……。





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