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[17]美しい狂気④



 何だ?何だ?何だ?何だ?何だ?何のだ?


 この生き物はいったい何だ?



 こんなものは知らない!見たことがない!出会ったことがない!こんな物は知らない。誰も教えてくれなかった。くれなかったんだ!


 なんでそんなに嬉しそうに笑うんだ?笑えるんだ?俺の刀が掠りでもすればお前は吹き飛ぶんだぞ。生崩丸までを使って、俺たち上忍が死に物狂いで殺そうとしてるんだ。


 それなのにお前は戦おうともしないのか、俺らを嬉しそうに見てるだけなのか。なぜ、戦わないのか、どうして戦ってくれないのか、何故殺してくれないのか?


 無我夢中で刀を振り回す。時折思い出したようにクナイを投げ、忍術を使う。呼び寄せた獣も虫も今はもういない。お前の近くによるとすべて、お前の物になってしまった。


 いや、もう俺もお前の物になっているのかも知れない。逃げられない、逃げようとおもっても出来ない。郷照の制裁が怖いんじゃない。


 目の前のこれの方がずっと怖い。恐ろしい。舌を噛みきって死にたくなるほどに。


 それなのに、逃げられない。足が後ろを向かない。視線があれからそらすことが出来ない。耳があれの呼吸音と躍動のリズムしか拾わない。俺の後ろから飛んでくる、火遁や水遁の術が俺のすぐ脇を通り抜けたときにだけ、今更のようにここにいるのが俺だけではないと思い出させる。






 脳がいくら逃げろと命令を下そうとも、俺の体すべてが逆らう。


 必死に目を女から反らせようとする。視線の中心から女を反らせようとするその行為だけでも頭に鈍痛が走ったがなんとか女の肩越しに仲間の姿を捕らえることが出来た。


 真っ赤だった。鼻血を吹き出して服の下が真っ赤に染まっている。


 生崩丸が命を削っている。それなのにあいつはそのことに全く気づかずにあの女を追っている。薬によって何倍にも引き上げられた筋力が限界を超える連続使用に悲鳴を上げている、弱い毛細血管から順に壊れてきているのだ。血まみれの自分に気づきもしないで狂ったように踊るその姿に俺は恐怖する。まるであの物のために踊っているようだから。


(正気に戻れ、そのままじゃ死ぬぞ!)


 俺は必死に警告を出そうとする。


 でもそれは声にならなかった。咽からはひゅ~っと言う音しかもれず、気づいたときには俺は地面に仰向けに倒れていた。


 なぜか視界が一気に赤黒く変色した。地面の感触が頭の下に在ると言うのに空を見ている気がしなかった。そのせいで自分が倒れたことに暫く気がつかなかった。


 その時自分が血まみれになっていることに初めて気がついた。鼻血だけでなく、眼球内も血が入り込んできた、毛穴の一つ一つからも滲み出るように出血している。


 鼻血を止めようと手を挙げようとしたが痙攣していて全く動かない。


 動かせるのは濁った空を見せる眼球のみ。注意を促した自分の方が重傷だってなんて…ハハハハハッ。


 乾いた笑いが漏れてくる。実際には気管が詰まっていて派手に咳き込んだ。


 次第に目が回って来た。ピクリとも動いていないというのに、空がぐるぐると回って見える。


 俺は目を閉じて、耳を澄ませてみた。諦観させられてしまっても、忍の性格が、いまだに現状を認識しようと必死になる。死にかけているからなのかさっきまでほどに、あの女に心を縛られていない。


 ドサッ。


 何かが倒れた音がした。俺と同じように限界を超えた仲間が倒れたのだろう。その証拠に戦闘は継続している。


 がっ、ついでもう一人が倒れる音と共に戦闘が止まった。


 前衛がいなくなったので後方支援隊は動けず、あの女は決着を急ぐ気が全くないのが理由だろう。


「クッ……お前はいったい何者なのだ?」


 頭の声が聞こえてきた。あれがいったい何なのか?それは俺も知りたいことだった。どうせもうすぐ死ぬ体にしても自分を殺したやつの名前くらい知っておきたい。


「ほんとにわからないのか?俺は結構な有名人だと自分じゃ思ってたんだがねぇっ」


 暫く、女の笑い声がクスクスと響いてきた。


「仕方ないな~じゃっヒントをあげるよ」


「それはっ、まさか貴様っ隻腕の!?」


 周りから声にならない悲鳴が上がる、耳には聞こえないが脅えているのが気配でわかる。


「なんだっやっぱり知ってたんじゃないか。そうこの俺様がかの有名な隻腕の魔女さ」


 隻腕の魔女?俺は知らない。でもこの様から察するとどうやら、俺より年輩の奴らは知っていたようだな。


「ガァァァーーーー」


 悲鳴のような怒号を発して生き残った者たちがあの女に突っ込んでいく。


 しかし、その声も肉を切る音と共に一つ二つと消えていった。


 最後まで聞こえてくるのは女の笑い声だけ、地獄の底で笑う魔性の女のように……。


 嗚呼そうか、あれが魔女なのか。魔を使う術を得た俺が、魔の法を作り出す物に適うわけがない。


 最期の最期。薄れゆく意識の中で俺はその事にやっと気づいた。






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