[16]美しい狂気③
ゲヒタ笑いを浮かべて男どもが迫ってくる。
「お許しがでたなっ、……そんな震えんなよあの世にいく前に極楽に送ってやるからよ。あんた美人だから楽しみだぜ」
「俺は全然楽しくないねっ」
俯いて震えていた俺は顎先に押しつけられていた刃に自分から首を押しつけた。
「なっ」
死姦の趣味はないらしく、馬鹿が刀を下げる。俺はその刀に付いていくようにしてその男に抱きついた。俺の突然の行動に何が起こったのか理解できていない。
「ジッとしてて」
「えっえ?え??」
俺は耳元に息を吹きかけなから妖艶な声で囁いた、相手の肩に顎を乗せながら獣のような笑みを浮かべて。
周りの連中もギョッとした顔を浮かべたが抱きついたのを見て、顔を弛めた。
しかし包容のためにまわされた手に握られていた物を見て顔色を変える。
警告の声すらあげるまもなく2人の額に轟音と共に赤黒い穴が空いた。
「なっなんだ?」
後ろの事態を把握できていない馬鹿に抱きついたまま、その股の間に俺は右足をすり寄せる。勘違いをする馬鹿を器用に操って頭とか呼ばれた奴の正面に背中を向けさせる。軽気功の応用だ。本来の用途とはかなり違う、創始者には申し訳ない限りだ。俺は人質を取られて戸惑っている頭くんに、ニッコリと微笑んで遣ってから、銃の引き金を引いた。何発か喰らいながらも横っ飛びに避けやがった、しかも飛びながら短い刃物を投げつけてきた、たしかクナイとか言う代物だ。
しかし、そのクナイはすべて俺ではなく俺のダンスパートナーに食らいつく。トスッと音をさせながら男の体を通して俺の体に衝撃が伝わる。
俺は男の脇したから突き出した手で銃を撃ち放ちながら、相手の攻撃をことごとく盾で防いだ。大事な盾は立て続けに突き立つクナイに致命傷を負い血塊を俺の肩に吹き出しながらもまだ生きていた。
「頑張れよ、敵の数は後半分だ。ケリが付いたら殺してやる」
俺は残酷に言ってやる。ギリギリたっているような状態の盾は未だに何が起こったのか理解しているのか怪しかった。
笑ってその様を眺めていたが、次の瞬間奥の森に光る物を見た俺は迷わず盾を前方に投げ出して、自分は後ろに飛んだ。
地面から足が離れた瞬間、爆発が起こり盾の体が一瞬で炎に包まれる。広がった炎が森の闇を駆逐する、炎の向こうに人影を見付けると俺はさっき盾の体から抜き取っておいたクナイを奴に向かって放り投げた。手応えは有ったが死んだかどうか怪しい。
「酷いじゃないか。お仲間死んじゃったんじゃないの?こういうときは、人質救出が最優先事項なんじゃないのかい?」
俺はクスクスと笑いながら頭に手を遣り肩を竦めた。肉の焼ける厭な匂いが辺りに漂ってくる。吐き気を催すこの臭気の中で俺は傲然と笑う。
向こうは、反応を返してこない。気配を完全に消してきた。向こうも殺る気になったのだろうが、アッと言う間に3人仕留められ、二人が傷を負っている。向こうにしてみれば、無力な羊だと思っていた相手が実はオオカミだったようなものだ。動揺しているのか、仕掛けてこない。
弾の切れた銃のシリンダーから空の薬莢を排出する。弾丸を探してコートのポケットをまさぐる。外ポケット、内ポケット、順に探していく……が見つからない。
元々100発ほどしか持ってきていないのに、二丁拳銃なんかしてっから弾が切れたか……。チッ。オモチャを取り上げられた子供の様に不機嫌さを露わにする。
チャンスと見たのか奴らが動いた。俺は途端に機嫌を直す。
正面からクナイを乱れ撃ちながら突っ込んでくる奴が一名。芸がない。
俺は危なげなく全てかわし、腰を落として迎え撃つ体制を整える。
突っ込もうと足の親指の先に力を篭めた瞬間、後ろの地面が突然隆起し、そこから忍者が二人飛び出した。
俺は前を向いたまま、弾の切れた銃を後ろに力一杯投げつけた。そしてそのまま前方に飛び込む。飛び込んできた俺に向けて忍者は抉り込むような突きを放った。目元しか見えない覆面の向こうで奴が笑ったのが解る。
忍者の使う武器は毒が塗られているとも聴く、掠っただけでも致命傷ってわけだ。
俺も笑い返してやりながら、左手を刃の切っ先に突き出す。
刃は俺の掌を突き破り貫通した。目の前に俺の血で濡れた刃が突き出されている。激痛が走る、肉が焼けるように痛い。間違いなく毒だ。
痛みを無視して俺は更に踏み込む。相手が刀を横に振るう前に俺は突き破られた手で刀の鍔を掴む。そのまま刀をこちらに引き寄せると、刀を放さなかった忍者が無様にも前によろける。投げ出された顔面に向けて掬い上げるように右手を突き出す。
絶叫。
懐から取り出したクナイを取り落とし、忍者が顔を手で覆おうとする。
俺が人差し指と中指でもって忍者の目を潰したのだ。そのまま眼窩に指を引っかけ背追い投げの要領で後ろから迫る忍者たちに投げつけた。
もつれ合って倒れている忍者は3人、戦闘に役に立ちそうなのは2人だが、まだ周囲の闇には頭くんの他にも何人か潜んでいるかもしれない。
取り敢えず目の前に忍者に向き合いながら右手の指に付いているゼラチン状の物を手を振って払い落とした。たぶん水晶体だろう、かなり気持ちの悪い代物だった。
それから刀の刺さったままの左手を持ち上げゆっくりと引き抜く。視線は敵に固定したまま淡々と傷を舐めあげる。
毒が廻ってきているのが解る。さっきから体がフワフワしている。瞳を閉じて俺は体の力を抜く、優しく流れていく風に上体が流されふらついた。精神が体の外側に飛び出たような感じだ、体の反応が鈍く感じられる。
「……やっと効いてきたようだな。筋弛緩剤だ、もう動けないぞ。猛獣用のやつだからな」
千鳥足でヨタつく俺の姿に安心したのか隠れていた連中も姿を現す。3人……か最初に思った通りの人数だな、意識の端っこで数える。しかし、猛獣用だと!?バンピーなら間違いなく死ねぞ。
「なんて女だ、4人も殺りやがった、こんな美人が信じられん」
「前田は死んでないだろ」
「諜報員としては終わりだよ、こいつはもう前線に出てこようって度胸はねぇーよ」
目を閉じたままの俺の周りに連中が近寄ってくる。
「こいつ、どうする?学園に連れて行くか。ただの新聞部員ってのは間違いなくウソだぞ、生徒会と繋がってる奴なら、連れて帰りゃ部長が喜ぶんじゃないか」
「戌と雉が近くに居るはずだ、呼子で知らせろ。もう知っているかもしれんが薬師に教員はいないとな」
「ってことは俺らは狩りに参加しないんですか」
「蜂須賀で十分遊んだだろうが。我慢しろ矢野と辻本はこの女と前田を運べ、他の者は穴に向かうぞ」
その一言で全員が準備を始める、簡単な怪我の手当とクナイの回収だ。死体から郷照に関する物も剥ぎ取る。
俺を運ぶ奴が近寄ってきた。
「しかしとんでもないよなっ即効性の毒喰らってんのに動けただけでもすごいのに80キロある前田を腕一本でぶん投げるなんてよ」
「効いてなかったからな」
ポツリとした呟きと共に、矢野と呼ばれた男が崩れ落ちた。
刀がいつのまにか矢野の腹から生えている。位置は体の真ん中、脊髄を粉砕して突き抜けていた。即死だ。反射でピクピクと動いているがじきに動かなくなるだろう。
動けるはずのない俺が動けたことに皆一様に固まっている。
俺はすっと瞼を開いた自分では解っている今の俺の瞳がいつもより赤く、血のように濡れていることをより禍々しくより淫靡に。
赤い瞳を開くと同時に俺は今まで押さえてきた鬼気を解放する。
足下を伝い大地へと伝わり順に広がる俺という恐怖。
闇がより深まったような気にさせられる。事実、四国の暗部とも云われるこの忍者どもは惚けたように動けないでいた。
俺が視線を離してやると忍者がやっと構えを取った。メデューサに睨まれて石化したかのように恐怖で縛られていたのだ。
「貴様……一体何者だ?」
頭目が未知の存在に遭遇したアストロノートのように警戒しながら聞いてきた。
「ふっははっははははははははははははははっ…俺がわからないのか?血みたいな瞳と髪を持つ俺がわからない?毒を喰らう俺を見て気が付かない?はははははっ郷照の忍者ってのも噂ほどじゃないなっ」
狂ったように聞いてまわる。ここまで来て俺が誰かわからないなんて信じられない。俺の容姿と通り名は四国では全国区だ、それを知らないで諜報のエキスパートとは笑わせる。
「ひぃっ」
真紅の瞳に見詰められた忍者が声にならない悲鳴をあげる。この男たちはいったい俺の瞳に何を見たのか。死んだ己の姿か、それとも殺される瞬間か?
恐慌を起こし見えない何かに縛られながらも縋るように、震えながら呪文を唱え魔術の体制に入った。
信じられる最強の力で俺という存在を消し去りたいのだ。
「……………リン・ピン・トウ・シャ・カイ・ジン・レツ・ザイ・ゼン」
唱え終わった忍びは泣き笑いのような引きつった顔で唇につけた二本の指の間から息を吹きかけた。忍者と俺の対角線上に生える植物が俺に向かって枯れていく。
交わそうともともせず、傲然と待ち受ける。
俺に向けて突き進んできた見えない存在が俺にぶつかり爆ぜた。
「……そんな…馬鹿な…神仙術が効かないなんてっ」
俺は最初と変わらずその場に立っていた。人の殻を被ってはいるが自分たちとは違うを持つ俺という存在、初めて出会う未知の獣、恐怖を纏って笑う俺にガタガタを震えるしか出来ないでいる。それを見て俺は連中に傲慢にそして静かに笑う。
「毒は効かない。……さっき言っただろう?」
今の魔術は腫気の召喚だ。ほんの少しでも肺に入れば内側から腐り落ちてしまう死神の接吻。第三次大戦で使われ大量にばらまかれた放射能によって生まれた究極の毒素、人間がつくりだした悪魔の爪痕だ、しかし俺にとっては腫気とは言え毒の一種、威力が段違いだとしても俺にとっては関係はない。
かなりの高位魔術であったが草の枯れかたから毒物とわかったので避けようとも思わなかった。
「桜を宿す、我が肉体は魔性を喰らい芽を咲かす。咲たる桜は我が血肉となりて、我が力とならん」
穴の開いた掌の傷が内側から圧迫される、押し出されるようにピンク色の新しい肉が盛り上がり傷口を塞いでいく。
俺が喋り終わる時にはついさっき重傷を負ったとはとても信じられないような綺麗な掌に変わっていた。
「なっ何をしている!やつにはもう武器がない。毒以外のもので殺せっ」
上擦った声を上げて、一斉に飛びかかる。
うっすらと笑みを浮かべ待ち受ける。毒が体内で変質して体中の筋肉の圧縮率を無理矢理引き上げていく、バネをキリキリと巻き上げていくように。体中が熱い、汗が通気性のいいはずの戦闘衣に貼り付いていく。。
自分の体から漂い出す汗の香りを嗅ぎながら、自分が今どんな顔をしているのだろうかと冷静な部分がふっと考える。
たぶん、鬼みたいな顔で笑っているんだろうな。
「死ねぇーーーーー!」
悲壮感をその顔いっぱいに表しながら三人の忍者が俺に向けて無茶苦茶に刀を振り回す。ただ、そのスピードは尋常のものではなかった。明らかに何らかの方法を使って身体能力を上げている。
だが、脳内感覚が加速している俺にとっては奴らの刀も止まっているようなものだ、ただこちらの動きももどかしいほど遅いので、余裕を浮かべていると避けられずにくらってしまう。俺はその攻撃の軌道を予測して動くのを戦闘スタイルとしている、だから俺にとっては銃弾を交わす方が簡単で人間の手元で変化する刀などの方が余程かわしづらい。
ただそれ故に、こちらの方がおもしろい。
三方から迫る、白刃の嵐を交わす。ギリギリに見切るのではなく大きくダイナミックに踊るように。裾の舞い上がった防弾コートがあっさりと切り裂かれる。体をジットリと濡らす汗が玉になってはじけ飛ぶ。その玉は風と混ざり香りとなって流れていく。
毒々しいほど甘い香り、気怠くも甘い、俺の世界の現れ。
空を裂き、地を削る鋼の色。遠間から放たれる死告げ鳥。それでさえ俺にとっては丁度いい遊びでしかない。
死に神の鎌の上で器用に踊る。裂かれたコートが広がれば悪魔の翼の出来上がりだ。