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[15]美しい狂気②



 追いついた。


 視界の端に一年の後ろ姿を捉えた。1キロほど前方にいる、森の木々の本当にちいさな隙間ごしに彼らを認め、俺はニヤリと笑った。そのまま俺は森を駆け上がり距離を詰める。


 彼らに遅れて施設を出発してから1時間。俺はついに山の頂上で彼ら一年に追いつくことが出来た。どうやら、彼らは村で二手に別れたらしかった。原住民の村には人っ子一人いなかったが、少量ではあるが医療薬品や食料、軽トラなどが放置してあり、俺が村に着いたときには一年たちは使える物を集め、借用書を村役場に置いて、荷作りをしていた。


 森の中からそれを認めた俺は村を素通りし、エルジルフの施設を目指した。あちらよりこちらの方が危険は大きいだろう。


 どうやらそちらに竜胆はいるらしかったし、何よりそこには敵がいるかもしれない。


 森の中にクリーチャーの気配がするが俺が近くを通ると隠れてしまう。


 魔力の気配は出来るだけ押さえているが、押さえきれない魔力の気配はそれだけで動物系クリーチャーを退ける。野生の本能を持つ彼らは強さという物に酷く敏感だ。


 さっき戦車を潰してから障害らしい物は何もなかった。力をぶつける相手が居らず欲求不満が溜まってくる。主義に反することだが逃げるクリーチャーを追いかけようかとも考えてしまった。しかし、エルジルフに近づくにつれ霊状態は最悪なものになってきている、いや次元の穴に近づいているからだろう。ここからはエンカウント率はどんどんあがっていくことだろう。


 穴にこれだけ近づいた彼ら一年もかなり危険だ。ここはもう、いつ何時地獄に変わってもおかしくない。いくら一年の精鋭と言ってもこの状態にはC級エージェントでも尻込みするだろうからな。


「ふふふ、楽しくなりそうだ」


 赤い唇を長い舌で嘗めあげながら、俺はその想像に震えた。


 俺がいけない想像に心躍らせていると、一年の中心で青色の光が灯った。


 彼らから30メートルほど離れた木々の間に俺は身を潜める。


 彼らが自分自身の力で事態を乗り切れないところに来るまで手を貸すつもりは全くない。今手を出せば彼らの貴重な経験の場を奪ってしまう。願わくば健やかなる成長をってところだ。


 実際はめんどくさいだけだがね。けっけっけ。


 しかし、なんの光だ?かなりの魔力を感じるが……


 気配を殺して樹の裏から顔を出し、光の中心を覗き込む。その間も、もちろん周囲への警戒は怠らない。


 淡い紫と緑を内に含んだ深い青が柔らかく周り包んでいる。女性化で興る興奮が少し落ち着いた様な気がした。光が闇に溶けるこの身に染みこんで暖めてくれているかのようだ。


 信じられないほど心が落ち着く。


「竜胆万葉」


 光はここしばらく俺の心に妙に引っかかってくる女の手の中から漏れだしていた。


 森の中を歩き回って薄汚れてはいたが彼女は初めて見た時と変わらず美しく見えた。汗ばんだ首筋が美しく、……そそられる。そういや、このところ禁欲的生活してたもんな俺。 青い光は彼女の掌の上で収束し形を持つ。掌の上で生まれたのは光の蝶だった。


「アストラルボディーで分身体を作り上げる…っか高等魔術だぜ。やるじゃん彼女」


 竜胆はその蝶をエルジルフの施設に向けて放った。他にも数人がファミリアを放っている。敵地に近づいてきたので周囲への警戒に放ったというところだろうか。


 この位置からではエルジルフの施設を見下ろすことができないが、彼らは何かの異変を察知したのだろう。でなければ、こんな遠くからのファミリアを先行させるはずがなかった。術者本人から遠く離れたところでファミリアを使うのは精神力をかなり使う、普通ならこんな事はしない。


先行していくファミリアを追って崖のような山肌を降りていく。


 竜胆が崖を降る瞬間、こちらを振り向き俺の潜む木立を窺って暫くこちらを睨んでいたがそのまま山を降っていった。闇に溶けこむようにして立つ俺の姿はは見付けられなかったようだが、勘のいい子だね~っ。


 っても、じっとあの子の顔覗き込んでりゃ気配くらいは感じ取れるか……。


 しかし可愛い子だなっ、あの子は綺麗と言うよりハンサムって言った方がいいのかもしれないけど。


 でも、やっぱりあの子とは会ったことないな。ガキのころに会った事あるのかと思ったけど、そんな美人の卵がいたなら俺は迷うことなく光源氏計画を発動したはずだからな。


 あと数年で間違いなく美しくなる、そんな風に俺に確信を抱かせたのは家の妹くらいだからな。あの子は妹より美しさに力が有る。あれならオチビちゃんのころからさぞ愛らしかったことだろう。


 間違いない。あの子とは会ったことはない。


 …………となると、直接的知り合いじゃなく間接的知り合いだろうか?


 でも間接的知り合いとなると実家の線だが、もう殆ど絶縁状態だしな。俺の実家は古くから続く結構な名家だったりする。建国当時からイギリス王室において女王の影で絶大な権力を握ってきた悪食の一族、金だけは偉くたくさん持ってる。


 妹はともかく、俺は弟には酷く嫌われているし親とも上手くいってない、めったな事では(絶対)あそこと連絡を取る気もでない。あそこにいたんじゃ俺は人生を楽しめないっそれに気づいてから俺は外の世界に憧れて外に出ていく事だけを考え、そのための力を蓄えてきた。生まれてからずっと生きてきたあの背徳の箱庭。熟れた果実が腐って落ちるギリギリの瞬間のようにすべてのものを魅了する気怠い荒廃の都。俺はあの醜悪な家族という囲いからとうとう飛び出した。


 以来っあの家には連絡を入れていない。



 絶世の美女が俺に会いに学園に来た、そんな陳腐な話から推測するなら、親の仕組んだ政略結婚とか考えられるんだが、生きてるのか死んでるのかも解っていない俺と言う存在にそんな面倒なことをするだろうか。


 しかも完全にあの家を捨てて生きている今の俺はあの金の亡者どもから見ればただの文無しだ。


 あの家に引っ付いている金や権力は俺とは関係ない。それが欲しいってんなら俺に近づくのは無駄なんだ。


 つまり、彼女は俺の家の関係者ではない。





 でも、そうなるといよいよ俺には彼女と俺との接点が思いつかなかった。


 彼女は箸より重いものをもったことがないようなお嬢とはとはまったく違う。


 一癖も二癖もある四国の生徒をまとめ上げ、弱音を吐かずにこの異常事態を乗り切ろうとしている。たいしたもんだと思う。あの年の俺に他人を導く余裕を心に持って行動するなんてことは出来なかったろう、俺は基本的に自分が助かれば他人のことは放っておくタイプの人間だったからな。


 そんなところからも、彼女が貴族社会出身でないのが解る、なんと言っても貴族って人種は権謀術中にのめり込んでるんだけど、前線で働けるような奴はいないからな。



 なにより金目当てで近づいてきた女なんかにこの俺が心乱されるはずがないからな。


 しかし、う~んっやっぱり思いつかない。


 向こうは明らかに俺のことを知ってたのに、こっちは向こうの存在すらしらなかったってのか。なんかイヤだなっそれ。


「無理矢理でも聞き出してやるぜっ万葉ちゃん」


好色な笑みを浮かべて俺は竜胆の後ろ姿を見送った。


 男の俺ならもう少し婉曲的かつ詩的な表現をするんだろうが、女の俺は良く言えば情熱的、悪く言えば直接的な俗物。マリーあたりに言わせるたなら獣と言うだろうか。


「さて、まあ彼女と遊ぶのは後の楽しみに置いておくか、他にも遊んでくれそうなのが来たからな……」


 さっと視線を周囲に向けると、闇の中に俺と同じように潜んでいる連中がいることが解る。かなりの手練れ、しかもこの感じからしてクリーチャーじゃない、これは人間の気配だ。


一年の手には余る相手、おそらくはB級以上の実力がこいつらには有る。


 ダラリと下げていた左手を握り込み魔力を練り上げる。


「華幻封樹、手足となりて我の思い人を包み込め」


 開いた掌の上にわき出した桜の花にソッと息を吹きかける。桜はつむじ風に巻かれたかのように上空に舞い上がり、消えていった。






 俺はそれを見上げて満足そうに笑う、これで竜胆に心配はいらない。最上級の保険をかけたんだからな。




 これで、俺は思う存分遊んでいられる。


「そんなに焦んないでよ、がっついてると女にはもてないよっ」


艶のある声をわざと出して肩を竦める。その声に嘲りを含むことももちろん忘れない。


 魔力を隠して練ることもしなかった俺の位置は少し使える連中になら誰にでも捕らえられる、元から隠れる気もなかった俺を無言で連中が囲んでいる。未だ30メートルほどの距離があるが俺たちにとってそれは安全な距離ではない。


 相手が何者なのか?解らない状態で仕掛けるのは得策ではない。そう言ったことを頭の冷静な部分が考えているが、心の底から沸き上がる衝動感が俺を突き動かす。


 出来るだけ澄ました顔でいようとしているが少しでも気を抜くとにやけてきそうだ。


「女っ。己はどこの者だ?」


 俺の背後から一人がドスの利いた声をかけてきた。


「礼儀ってもんが、なってないねぇ。そう言うのを聞くときは先ず自分の方から話すって親に習わなかったのかい?」


 戯れ言を言い返しながら、相手の人数と位置を探っていく。人数だけでも掴めれば突っ込んでいったて良い。取り敢えず、こいつらを一年のところに行かさなければいいのだ。今のところ向こうに向かった気配はなかった。一応そのときのための保険も施した。


 相手は明らかに俺を侮ってくれているようだった。普通、詰問ってのは相手を拘束してから行うのがセオリーなんだが、女のカッコはこう言うときに便利だ向こうで勝手に油断してくれる。


「これは失礼した。……だがこんな危険な森の中を一人歩いているのを見かけたら不審者だと思うのは不思議じゃないだろう」


「ならここは一つお互いを理解するために、親交を交えようじゃないか。顔見て話し合えば私たちもっとよく理解し合えると思うんだけどなっ」


 俺は男に媚びを売るようにシナを作りながら前方に進み出た。出来るだけか弱そうに自分を魅せるテクニックは拾得している。


 これでも演劇部員の端くれだ、女形もお手の物。昨年の学祭で俺が扮装した椿姫はかなり良いできだったと思っている。今の俺を見て中身が男だと気づける奴がいたら、俺はそいつを尊敬するね。


 どうやら連中の中に俺と言う人間を理解できるほどの者はいなかったようだ。


 一人の男が闇の中から姿を現す。全身を俺と同じに黒い戦闘服を纏っている、がそれを見た瞬間俺にはこいつの正体が解った。


 この服装は大昔の時代劇に登場したと言われる存在が着ていたという服装、俗に言うところの忍装束だった。


「こちらの正体は明かせないが、女性を大勢で囲んでいると言うのも無粋だしな」


 バレバレだ。忍者なんて絶滅寸前の希少生物、ちょっとした情報通ならみんな知っている話しだ。彼らは間違いなく郷照のスタント部だ。郷照の強豪クラブである映研は下部組織にかなりの数のスタントマンを飼っている。彼らは忍者もの専門のスタッフに違いない。他にこんなカッコでこの島を彷徨う馬鹿はいないからな。


 しかし、この忍者はこの馬鹿げた格好だけでなく実力の高さからもかなり有名だったりする。情報収集専門ではなく、戦闘力もかなりの物らしい。


 俺は思っていたよりも大きな獲物が飛び込んできたことに顔が崩れてきそうになるのをなんとか我慢して、気丈に振る舞おうと頑張ってるピンチの少女を演じていた。


「……薬師の者か、教員どもに見捨てられた哀れな一年を救いに来たか?」


 隠すつもりもなかったので俺は襟の校章をそのままにしていた。どのみち知られてまずいような事ははまだなにも掴んでいないのだ。しかし、一年の現状を知られてるとは上手くない、きっちり殺っとかないと。


「薬師だとっ」


 仮想敵学園の筆頭であろううちの学園の名前がでたことで未だ闇の中に居る連中にも動揺が走った。2人が更に進み出てくる。


 ひのふのみっと、声を荒げる連中に脅えた振りをしながら冷静に数を数えていく。


 9人ねっ。馬鹿どもが、忍者失格だなお前ら、全然忍んでないもん。


「きさま!ここに来ているのはお前一人か?他に仲間は居るか?」






 後から出てきた野郎が俺の首筋に、忍者刀を突きつける。やたらとハッスルしているそいつは刀の先で俺の美しくも儚い顎を突き上げてくる。


 取り敢えずこいつは苦しめて殺そう。


「いないよ。……私は新聞部員なんでねっ特ダネ探しに来ただけさ。学園とは関係ないよ」


ちょっと狡猾な女狐風にいってみよう。


「薬師はこの異常事態とは関係ないのか?我らはそれを調べに来たのだ」


 ぺらぺら喋る野郎やろうだな。もっと頭使った駆け引きとか期待してたのによ。今のでこいつらの仕業じゃないことがばれてるぞ。


「隠し立てせず、素直に話せば生かして帰してやるぞ」


 ああそうかい、そいつはありがとよ。俺は生かして帰す気はないぞ。


「薬師が今回の事件に関わってる分けないじゃない、なんで大事なうちの一年危ない目に遭わすのよ。おまけに教員もいないなんて冗談じゃないわ」


 俺は憤慨したように喚き散らす。


「やはり居ないのか」


 おっと失言。イヤな顔して連中が笑う。間違いなく後で襲う気だ。四国の暗黙の了解に一年だけの集団を襲わないってのが有るには有るが、今なら誰が襲ったのかんて解りゃしないだろう。


「……そんなことより、アンタたち私に情報売らない?どんなネタでも買わせて貰うけど……知ってること……ない?」





 俺は奴らの笑いの意味に気づかないでいる、間抜けな少女を演じて商談を持ちかけた。


 情報が乏しいからな、誰からでも良いからなんか知りたいのが現状だ。


「商魂たくましい女だな、自分の心配したほうがいいんじゃないのか?」


 刀を突きつけたままの野郎が好色な目で俺の全身を視姦している。こいつ絶対殺す。


「相互交換なら取り引きしようじゃないか」






 最初に出てきた奴が応じてきた。


「なら、先にアンタたちが喋ってくんないかしら。私は動けないし囲まれてるし、逃げられそうもなしさ」






 俺は突きつけられた刀の存在を無視してその男に顔を向ける。


「ふんっまあいいだろう。ここに来るまでの間に幾つかの学園を覗いてきたが今のところ事件に絡んでいると思われる連中には出くわさなかったな、エルジルフが最後だ。恐らくは奴らが黒幕だろうがなっ、ここにはもうエルジルフ以外まともに機能している組織はない」


「コロニーが絡んでる可能性は?」


「やつらが噛んでいる可能性は限りなく低い。奴らとてこちらと真正面から殺り合うのはリスクが高すぎる」






 こいつらも同じこと考えてたか。しかし、こいつらの話しがホントだとするならやっぱり本命はエルジルフってことか。とすると、早くあいつ等に追いつかないと危ないかもしれねぇな。


「解っているのはこのくらいのことだ。さあ、そちらの情報をよこせ」


「わかったよ、でも私が知ってるもそのくらいでねっそれ以上は知らない」


 余り期待していなかったらしくその男は反応を返さなかった。その代わりに、今もっともあの世に近い男がブチ切れた。


「ふざけんじゃねーぞ!薬師の雌豚、なめてんのか!それともテメー体で払うか?」






 とっても不快な表情で詰め寄ってくる思わず顔面をはり倒してやりたくなるね。しかも雌豚だと、失敬なっこんな美形に向かって。俺は怒りに震えながら耐えた。





「頭、この嘗めた女、犯ってもいいっすか」


 涎をたらさんばかりに欲情したそいつは俺を見たまま最初のやつに聞いた。


 任務中だってのに女で遊ぶ気かよ、プロとは言えないんじゃないのか。


「……かまわん、まわした後で殺せ」


 おいおいアンタもそんなこと考えてたのかよ。その言葉を聴いてまた2人森から出てきた、スケベどもめ。





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