[14]美しい狂気①
鬱蒼と茂る森の木々が月の暖かな光を遮っている。
空を見上げても星一つ見つけることができない闇の世界、聞こえてくるのは仲間の疲れた息使いだけ、闇の中を索敵しながら這うようにして進む自分たちは獣よりもちっぽけな存在だろう。
神経をすり減らしながらの行軍、闇の中に潜んでいる怪物は何時飛びかかってくるのだろう。今のところクリーチャーとは接触していない。指揮官が不在と言う異常事態の中で取り乱さずに理性的に行動出来ている彼らを嬉しく思うが……今の彼らにそれ以上を期待できない。
「竜胆さん、ここやばいですよ……異常な数の死霊が集まってます」
となりで儀式用ナイフを胸に抱くようにして震えているのは神父見習いのがたいの良い少年だ。エクソシストとしての訓練も受けている彼の目にはこの異常な息ぐるしさの正体が形をもって見えるのだろう。
「……敵意を持ってるって事?銀田くん」
私は一応聞いてみた、ただ集まってるだけなら害はない。それなら放っておけばいい、これ以上彼らに不安材料を与えると何時一気に崩れるのかと不安でしかたがない。だから、やっぱり放っておこう。
それに、どうせ自分には見えないんだから。
「死霊にそんな感情があるのかは知りませんけど、奴らは物質界に干渉できるくらいまで実体化したら動くものには何にでも攻撃してきます。実体化には暫く時間が必要だと思いますが、いつ実体化し始めても不思議じゃないです」
何が見えているのか銀田は回りを見渡しては顔色を変えて十字を切っている。私は筋肉質な重量級ボディーを精一杯丸めて震えている姿を見てため息をついてしまう。起こるか起こらないか解らないことで怖がるなんて…回り中に危険は幾らでも存在するのだ、そろそろ腹を据えて欲しい。
「銀田くん、そんなにガタガタ震えないで君の口からカチカチ音が聞こえるよ。君は薬師一年の中でもトップレベルの戦士だって認められてここに居るんだ。男ならもっと自信を持って胸を張りなさい。それとも……君、実は女の子だったりとかして?」
眉を寄せて顰めっ面をして見せながら私は今までの小声から一際大きな声で喋りかける、っと言っても普段くらいだが、静まりかえった森の中でその声は良く響いた。
周囲でドット笑い声があがる、線の細い私が岩の様な大男を叱っている姿はコミカルで笑いを誘う。銀田も真っ赤に成りながら笑っている。
これで良い、みんなちょうど緊張がピークに来ていたが、これで旨いぐあいに緊張の糸も緩んだだろう。当て馬に使ってしまった銀田には少し申し訳ない、後で謝っておこう。
一頻り笑い切るとみんなの表情が真剣な物へと変わっていく。
「隊長、もうかなり歩いてると思うんだが、目的の学校ってまだなのか?さっきの村からでも結構来ただろ」
殿を勤めてくれていた田村が彼の獲物で有る長槍を担ぎなおしながら後ろを見た。
常人の目には20メートル先は全く見えないであろう、深い闇。今ここにいる30人のメンバーはその闇の中でも普段と同じに闇を見通すことが出来るが、視覚出来る範囲にはもうなにも無かった。
「地形そのものが変わってなければこの小山を登れば見えるはずよ、もう少ししたら見張りに使い魔か何かがいるかも知れないから、みんな気を抜かないでね」
「「オウッ」」
力強く返ってくる答えに安心する。これならこちらは全員で生きて帰れるかもしれない。
さっきの村で別れた物資輸送班も何事も無く施設に帰れると良いのだが…。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、170人も残してきたんッスよ。これから敵さんの学校覗きに行く俺らの方がよっぽど危ないじゃないッスか」
みんなが元気づけるように笑いかけてきた。私はそんなに心配そうな顔をしていたのか、それは解らなかったので曖昧に微笑んだ。
「よっしゃ!ほんじゃ一気にこの山登っちまおうぜ早く帰ってやらないとあいつ等寂しがるからなっ」
「そうねっ早く済ませて帰らないと、気合いを入れて行きましょ。これからは休憩なしでね」
悲鳴をあげるみんなに、にこやかに微笑みそう締めくくる。項垂れながら歩き出したみんなは警戒をしながら山頂を目指す。
今のところ私のエンジェルスマイルに逆らえる人はいない。結局、全員項垂れて従うだけだ。女の子にも例外なく効く。有り難いことだと思う。
それにしても。
は~っ慶磁さん。
もう少しで会えると思ってたのに、最期にこんな障害が有るなんて。
ボロボロの状態じゃ感動的再会なんて出来るはず無い。なんとか無傷で戻らないとっ。
でもこの事件が終わるまで、感動的再会はお預けになるかも。
慶磁さんはA級エージェントだから、この事件の解決に乗り出すに決まってる。
もしかしたら、私たちと入れ違いにここに来るかもしれない。
そうしたら最悪、事件解決まで会えないかもっ。それはイヤだっ。なんとか一緒に戦えないかしら。
今の私ならなんとか足手まといにならずにいられると思うんだけど。
祇桜慶磁。私には理解できない存在を教えてくれるかも知れない人。でもっ自分が求めているのだけはわかる。ママに言われるまでもなくっ私は祇桜慶磁と言う男をいつか探し出し、辿り着いただろう。体の奥のどこか解らない場所が彼に付いていけとたえず訴えかけてくる。いつからだろうか、そんなことも覚えていないほどとても小さな時から聞こえてくる心の声。初めは戸惑ったものだ。けど……
「隊長っもうすぐ森が切れますよ。エルジルフの施設の真上です」
先行していた数人が報告に戻ってきた。その報告にホッとしたようにみんなが呼気を吐く、登りは下りよりも気が疲れるのだ。
「解ったわ、みんなもう一息よっ頑張って」
私は一端、祇桜慶磁に関することを考えるのを止めた。