[13]これでも先輩ですから…⑦
おかしい、フル装備の蓮駆ボルトが何で憑狗喪神になってこんなところ彷徨いてるんだ?こんな上等な物を演習に使うなんて勿体ないことする学園が有るなんて信じられない、そんなリッチな学園が有れば俺はそっちに入学したはずだ。
つまり研修目的以外のことで、ここに潜入した連中が持ち込んだ物だと推測出来るのだが、なんで貴重な戦力となる機動兵器に魔素対策を講じていなかったのだろうか、簡易結界のお札一枚貼るだけで憑狗喪神化を防げるのに………いったい何が起こっていると言うんだ?誰にも気づかれずに次元に穴を開けるなんてことを遣ってのけた連中が魔素の特性を理解していなかったわけがない、となるとこいつが化けたのは唯の事故。………しかし、そんな間抜けな連中に四国が揺れているとも思えないのだがな。
俺は血管が消えて元の戦車に戻っていく化け物の上に乗りながら、眉を寄せた。
戦車から飛び降りた俺に歓声を上げながら一年たちが群がってくる。
軽く手を振って答えながら俺は大穴の空いた壁に向けて銃を撃つ。闇の向こうでクリーチャーが断末魔の叫びをあげる。
施設にかけられた結界も奴の侵入で穴が開いてしまった。結界に開いた穴にクリーチャーが集まってきているのだ。穴から漏れている人の精気に奴らは敏感に反応しているのだろう。早く修復しないと危険だ。
周りに集まっていた一年ももう集まり始めている、クリーチャーに恐怖の表情を浮かべている。
倒れていたリーダー格の少年が起きあがり指令を出している、さっきのマシンガン部隊が壁の周囲に展開し見張りに付く。判断力のある子だ。
「先輩、さっきは助けていただいてありがとうございました。僕は高等部一年の榊 庄輔です。一応、特例会のメンバーで今この施設の西部ブロックのリーダーをさせて貰ってます」
少年、榊 庄輔はズタボロの体ではあるが、屈託のない笑顔を浮かべて俺に近づいてきた。助けて遣った時はほけったような顔で俺を見上げていたが、落ち着いたようだ。
「俺は大学3回生の祇桜 慶磁だ。執行部の依頼でこっちの状況を調べに来た」
俺が名乗り返すと、榊は目を見張って俺を見上げた、周りの連中も同じ反応をしているが直ぐに何か納得したような顔をした。
どうせこの連中も聡美の戯言を聞いていたのだろう、俺は不快感を表すこともなく機嫌良くしていてやった。これから暫くは、俺が名乗りをあげる度にこんな反応を返されることになるだろう、一々反応を返すのも面倒くさい。
周りから、あの人があの……とか言う声が聞こえてくる。
「特例会?なんだそりゃ」
俺は不自然じゃないくらいの自然さで話しを変えた。俺の知らないところであがってきた噂話なんぞされては堪らないからな。
「あっすいません。特例会って言うのは研修時の班割りの時決めた、班長の中から自推他推して選ばれたメンバーで作った臨時の指導部です。教官たちが消えた時に急遽、聡美教官と佐保富教官のサポートに回るために作ったんです」
榊は答える途中で肩を竦めた。教員の態度には恨むと言うより呆れているらしい。
「ふ~ん。まあうまく纏めあげているみたいだな、たいしたもんだぜ、ところで一年の中に結界能力者はいるか?なにそんなに強力に奴じゃなくていいんだ。夜明けまでもつ程度でな」
俺が言いたいことに気づいて榊は穴の開いた壁を見た。
「やっぱりまずいですか、穴が空いたのって……」
「ゴムボートに穴が空いたようなもんだ。このままじゃここいら中のクリーチャーがあの穴に取り付くだろうな、物理的に塞いでも駄目だ奴らの鼻は結界から漏れる俺たちの精気を敏感に嗅ぎ付ける、っで能力者はいるのか?」
さっきの襲撃の記憶が蘇ったのか話を聞いていた連中が退いている。
「……いません。一瞬のカウンターマジックの使い手なら居ますが、結界を張れるほどの者は数人いますが今は全員、外に出てます。戦闘に特化した奴らで偵察を兼ねて使えそうな物を探しに出てるんです」
事態の深刻さを呑み込んだ榊は蒼白な顔をしている。
そんなに期待してたわけじゃないが、やっぱりいないか………かったるいなぁ~
でも、しょうがないかっ聡美や佐保富先輩じゃ結界を張るなんて芸当はできないしな。
みんなが深刻な事態に沈んでいる中で俺だけが別の事を考えていた。
やだなぁ~あの子に会う前にこれじゃ化けちまうかもしれない。いや、間違いなくなるな。せっかく化けないように力を小出しにしてきたのに…
黙りこくった一年たちの間を抜けて穴まで行き、俺はマシンガン部隊を壁のこちらに呼び戻した。怪訝な顔をしながら連中が戻ってくる。
煙草に火をつけ銜える前に言っておく。
「こいつは特別サービスだ。次からは自分で何とかしなっ」
左腕を穴に向けて俺は目を瞑る。
突然の俺の行動にみんなが注目する。
紫煙を肺いっぱいに吸い込んではき出す。俺の体から吹きだしてくる魔力に驚きの声があちこちで起こっている。吹き上がる濃密な闇の力が目覚めの合図だ。深いところから浮きあがってくるもう一人の自分にそっと話しかける。誰にも聞こえないような小さな声で。
「ジュリ、お前の樹をここに……」
俺はそう言ってすぐ魔力の解放を解いた。
やることはこれだけなのだ。
全員が見守るなかで最初に興った変化は大地から急に芽生えた小さな緑の芽だった。
それから一秒、二秒、三秒……変化なし。
固唾を呑んで見守っていた連中が拍子抜けしたような白けた空気が広がる。
俺は全く気にせず、榊のところに戻ってきた。
「俺の結界は自慢じゃないが一級品だ。施設の結界の力も増幅する用にしてあるからまあクリーチャーの心配はもうない。お前らは脱出の準備に全力を尽くせ。俺はまだ他に任務があるんでな」
「あっあの先輩……」
聞きたいことは解るが俺は一切無視して、放り出しておいたアタッシュケースを拾い上げ、そのまま穴に向かって歩く。これ以上ここにいると俺の変化に気づく奴が出るかも知れない。いや、知られたら知られたでかまわないんだがたまに血迷った奴が出るからな。
俺は逃げるように芽生えた芽を飛び越えて外に飛び出した。
闇の森を駆け抜けながら俺は頭を掻きむしった。凄まじい発汗、体中が火照っている。頭だけでなくもし今、裸だったら体中掻きむしっただろう。気が狂うほど体中が痒い。
体が変化している証拠だ。俺は魔力を変化しないでは使えない特異体の人間だった、学園に来てからの訓練で変化なしでも何とか小さな力を使えるようになってきてはいたが、大きな力を使うと体が勝手に変態する。
これが狼男に成るとか、バッタ男に成るって言うなら問題はもっと少なかったんだろうが俺が化けるのはそんなポピュラーな変化じゃないんだ。
俺に興るのは女性化だ、もちろん部分的な物だがな。ちゃんと男の物は残る。だがそれ以外はすべて変わる、髪は一気に伸びるし、筋肉のそれも男のそれとは違った物に変わる。
筋力が落ちるってわけじゃないし、バネとスピードは逆に上がる、しかも男のときより感が冴えるときたもんだ。胸が小さめなのも有り難い、でかかったら服が破れてしまう、特殊レーザーの戦闘衣は結構伸縮率は有るのだがきついことに変わりはないけど…。良いこと尽くめに見える変化だが、普段から化けていないのは次のことが一番の理由だった。
女の俺は男の時より………残酷なんだ。
先輩が穴の奥に見える闇の中に消えていく。
「……行っちゃったよ」
あちこちでため息が漏れている。
当然だっ先輩の魔力の収束にみんな過分に期待してしまったが、実際何が起こったかって言うと何かの植物の芽が出てきただけだ。
みんながペテンにあったような表情で小さな芽の周りに集まっていく。
「ホントにこれだけかよ?」
「……微弱に破邪の力を感じるわね。でも大した力じゃないわ」
近くでよく見てみてもやっぱり特別な力を感じない。
最初に見せつけられたあの憑狗喪神を圧倒した実力から、その魔力の副産物はさぞや凄いと思っていただけに。…このお粗末な代物にみんなの気が抜けてしまったのかがっかりした声がそこら中であがっている。
「ギオウってあの先輩言ってたよな。ギオウってあの祇桜だよな」
「絶対そうよ、教官の言ってた通りの外見じゃない」
「あの人が竜胆さんのパートナーっ」
みんなが一斉に喋り始めた、その表情にはありありと不満の色が読み取れる。一年のカリスマである竜胆さんの認める人にはどんな欠点も許せない、と言うか、期待させて置いてこの格好悪い結末が許せないのだ。。
「でもっさっき僕を助けてくれたの見ただろ、やっぱり凄い人なんだよ」
命を救われた僕としてはなんとか先輩を弁護したい。
「でもよーキャップ『これは特別サービスだ!!感謝しろよっ』って割にはお粗末すぎないか」
僕もそれは思ったのでちょっと詰まる。
「そんな台詞じゃなかったよ!祇桜先輩にだって得意分野はあるだろうし、無理して張ってくれたんだとしたしたら感謝しないと、文句なんか言うと罰が当たるぞ。ほらそんなことより取り敢えずこの穴塞ごうバリケード組むから誰か材料持ってきてくれ」
「榊くん、いやに庇うなぁ~こないだまで祇桜先輩のこと良く言ってなかったのにぃ~」
一気にまくし立てる俺に女の子がニヤニヤしながら絡んでくる。それを聞いて他の奴らまでニヤリと笑って俺に群がる。
「確かに何かワイルドなのに女っぽい艶のある人だったよな」
「榊~っ竜胆さんから宗旨替えかよ~でも相手は男だぜ受け入れてくれんのかぁ?」
「うるさいっ!!君らも祇桜先輩を見るまで何かと悪く言ってたじゃないか?あんな花のあるとこ見せられたらどうしよもないだろ」
真っ赤に成りながら叫んだ、っがそれを見て周りの奴らはどっと笑う。
「でも、榊が認めちゃうのも解るはぁ、あの戦姿、綺麗だったもんね~」
女生徒は全員ウンウンと頷く、その中に数人男も混ざっていたが誰もそのことは気にしなかった。
悪循環だ、こうなると僕じゃこいつらをコントロールできない。あー早く穴、塞がなきゃいけないのに。
諦め気味に僕は穴の方に目を向けて、愕然とした。
「敵影!!」
闇の中に光る目がいくつも見える。数は……数十匹はいる。先輩に言ったことが確かならもっと集まってくるだろう。
さっきの馬鹿騒ぎの熱は一瞬で冷め、次の瞬間には全員が銃を構える。さっきのような憑狗喪神が出てくるとやばいなっ。
「聡美先輩に連絡して救援に来てもらえ、僕らだけじゃここは守り切れない」
女生徒数人が連絡に走っていく。その間に全員が隊列を整え迎え撃つ準備をする。装甲車を前に出して盾にする。
「キャップ、撃っていいか?」
となりでマシンガンを構えていた友人が焦れてきたようだ。しかし、さっきの戦闘で弾を使いすぎている、援軍が来るまでは何とか持たせなければならない。
「駄目だ。穴を潜った瞬間に集中砲火で仕留める」
壁の外のクリーチャーはこちらの様子を窺っている様子だった、幸いなことにさっきほど強力なクリーチャーはいないようだが、この数は驚異だ。
「……来るぞっ、もっと引きつけろ」
闇の中から種類も様々なクリーチャーが現れてくる、あちらも焦れてきたのだろうか。
「あの芽を越えたら一斉に撃つ」
全員が無言で頷く。
ジリジリ近づいてくる連中に全員が息を呑む。
後3メートル、2メートル、1、……
「う、ぇっ!?」
撃てと言おうとした瞬間、クリーチャーが潰れるような悲鳴をあげた。
クリーチャーが先輩の生み出した芽を踏み越えようとした時、その芽が凄まじい勢いで成長を始めた。真上にいた猿っぽいクリーチャーの足に絡みついたと思ったときにはそれは皮膚を突き破り肉を食い荒らし、外側に見えた緑の蔓はみるみる黒く変色し堅くなり締め上げ内蔵を吐き出させた、そうする間にも蔓に見えた物は枝となり、次々と他の獲物を捕らえその質量を増していった。
侵入してきたクリーチャーを一匹のこらず捕らえた時にはすでに立派な桜の巨木が出来上がっており、咲き乱れた桜の花びらが強力な結界を生み出していた。
「……すっげ」
誰かがポツリと言葉を漏らした。突然の出来事に全員、他に言葉がない。
「邪気に反応して飛び出す仕掛けだったんだ……」
「桜が魔性を喰らった」
「見てみろ、施設の結界が薄紅色に光ってる!視認できる結界なんて始めて見た」
「創造系付加魔術!?、第六層以上の力だ」
空を見上げると今までの張って有るのか無いのか解らない結界とは違い、目を凝らすと何とか色が見える、凄い。
「……さすがです。竜胆さん」
何処がさすがって言われても困るが僕は無意識に呟き、感極まってしまった。
さっきまで、先輩の結界を馬鹿にして居た連中も手の平を返したように褒め称えているいい気なものだ、もちろん僕は信じていたとも……さっきの行動はまあ保険と言うやつだ。