[11]これでも先輩ですから…⑤
これからどう動くか?
必要な情報を手に入れた俺は施設内を歩き回って見たが、結構動けている奴が多かった。これなら大丈夫、無事ここを脱出できるとそう思わせる働きぶりだった。
見ていて分かったが聡美が言っていた通り、何人かのリーダーが生徒を捌いているようだった、リーダーによくしたがった動きだ。彼らを統轄しているのが万葉だと言うのが本当なら彼女の有能さは明らかだ。
彼女が居れば、ここに俺が止まる必要も無いだろう、下手に出しゃばれば彼ら全員のレベルアップの大きな機会を逃すことになるだろう。何事も経験だ。
なら、穴を直接調べるべきか?それともエルジルフ学園に潜るか?
俺はこの二つから次のするべきことを決定することにした。
報告のために学園にとって返す必要は教官たちのお陰で無くなっていたし、俺としてもむかつく教官どもと似た行動を取りたくはなかった。
何より戦闘らしい戦闘をまだやっていない、フラストレーションを溜めるのはすこぶるよろしくないからな。せめて持ってきた拳銃の弾を使い切るまでは帰る気なんか全くなかった。
やっぱり先にエルジルフに行こうかな?竜胆に会えるかもしれ………ドガァァァーーンンン。
今までに無い大きな爆発音に大地が震える。
今のは……砲声だ。とうとう機動兵器まで出張ってきたのか。
『緊急警報!!資材置き場西側の壁に機動兵器が一機取り付いた。破られるのは時間の問題と思われる。近くに居る者は全員急行せよ。内部に入れるな!』
真近くにあったスピーカーから切羽詰まった叫び声が挙がる。
今の爆発の大きさからしてかなり大口径の砲が付いているのが解る。戦車タイプか?だとしたらデランや装甲車じゃチョイと手こずる相手だ。
資材置き場がどこに在るのか解らなかったが、砲声から場所はだいたい特定出来ていた。
急転する事態に対応できず右往左往する者たちの間を縫うように駆け抜ける。
まあ、少しは先輩の力を見せてやるのもいいだろう。
砲声を聞いてから俺がここに来るまでの時間は2分も経っていないはずだが……結論から言うと俺が来たのはチョイと遅れたようだ。
到着した俺が見たのは壁に空いた大穴から侵入してくるグロテスクな戦車の姿だった。
連装キャタピラタイプの機動兵器、12個のギアを備えた全長3メートルの最新小型戦車、蓮駆ボルトだ、こいつはギア操作を駆使すればどんな無茶な操作にもついてくる優れものなのだが。
目の前に現れた戦車は、その成れの果てだった。
「つっ憑狗喪神だ……」
防衛に集まって来た連中も初めて見るであろうこの醜悪な物体に呆然としている。
黒光りするメタリックなボディーに青黒いみみず腫れのような物が奔っている、血管のように脈動するそれが、余計に嫌悪感を煽る。
完全にそのボディーがこちらに抜けてくる。
動物的な動きで停止した奴は上部に取り付けられた索的カメラを首のように伸ばし周囲をぐるりと見渡した。
電子の目玉が赤く点滅する。サーチモードからデストロイモードに切り替わったってところだろうか。
「全員、離れてろ、遠距離能力者以外は下がれ!」
呆然と固まっている一年に活を入れるように叫んだ奴がいる。猛烈な勢いで突っ込んでくる車の窓から叫んでいる。マシンガンで武装した者を率いて装甲車から飛び出してきたのはまだあどけなさの残る少年だった、必死の形相を見せているその少年の目には使命感のような物が宿っているように見えた、聡美の言ってた一年の代表者の一人だろう。
小型の火器しか所持していない生徒たちでは役に立たないと判断したのか、彼らを下げて前方に突出し攻撃を開始した。
よく訓練された動きでマシンガンの弾をばらまいているが効いているようすはない。後方に下がった生徒が放った魔術の矢や呼び出した式神も同様だ。
時間稼ぎだ、本命は装甲車から立ち上がるデラン。無骨な機動音を奏でながら異様に長い手足を伸ばし大地に降り立つ。
搭乗者はどうやらさっきの声の主らしい。外部スピーカーから指揮を執っている。
蓮駆ボルトは弾丸の雨の中、全く痛痒を感じていないかのようにゆっくりとこちらに近づいて来ていたが、デランの姿をその目に捕らえた瞬間そのボディーをブルッと振るわせた。喜んでいる。戦闘兵器が憑狗喪神になるとこれがあるからたちが悪い、奴らはより手強い敵を見付けては喜んで突っ込んくる。変態的性癖ってやつ。
生徒たちも鉄砲の弾も全く目に入っていないかのようなもの凄いスピードで突出してくる。
絡み付き締め上げていた式神や使い魔の類が一瞬で引きちぎられ踏みつぶされる。自分自身が弾丸になったかのような無謀にも見える突撃。
目標は立ち上がったばかりのデランだ、その前方でマシンガンを構えていた者たちは瞬時に真横に飛び退いてかわした。
突然の突進ではあったが搭乗者は慌てた様子もなく、デランはその場からを戦車に向けてストレートを放った、しかしまだ手の届く範囲に戦車は来ていない。化け物の頭でもそのことが解ったのかカメラの光が点滅している、笑っているのだ。
だが次の瞬間、右手の甲から鋼の杭がパンチの慣性に乗って飛び出した、倍近くに延びる間合い、届く。
土建仕様の装備、飛び出したのは掘削用の杭だった、脱出のために装備を変更してあったのだろう。ラッキィーだった、標準装備のままだったら今頃、ペイント弾しか弾のない銃を手首に仕込んでいたことだろう。
戦術コンピューターを積んでいる戦車とは言えこれは読めなかっただろうから、フェイントの効果もバッチリある。
当たった!此処にいるだれもがそう思う絶妙のタイミング、決まれば弾丸の弾を軽くはじく奴の装甲も紙のように貫ける。
目の前にいる搭乗者ですら勝利を確信しただろう、俺と狂った戦車以外は…。
爆発音と共に杭が突き刺ささった瞬間、巻き上がる光の奔流と土煙、搭乗者本人が杭になにかの力、恐らくは熱エネルギーを込めて置いたのだ、威力はなかなかの物だが沸騰した地面が爆発をおこしてしまう、一瞬の目標の消失。
思わずもれた勝利の叫び…が驚愕の声に変わるのに時間はいらなかった。
杭が突き刺さっていた場所には何も存在しなかった。
「右だ!」
マシンガンを撃ちながら、飛び起きた連中が叫ぶ。
見失った目標を前方に捕らえるべく向き直るデランが見たのは、こちらに向けられた砲塔の穴だった。
瞬時に飛び退こうとしたデランの右足が火を噴いた、続いて胸部、左足次々と着弾する砲撃に悲鳴が上がる。
壊れたオモチャのように踊るデラン、残酷の子供のように遊ぶ化け物。
蓮駆ボルトはサブに付いているガトリングでもってデランを嬲っている、主砲をロックしたまま、負けないゲームを楽しんでいるのだ。
更に多くのファミリアが召還され立ち向かっていくがガトリングガンの一斉射で振り払われてしまった。注意を引きつけることも出来ていない。
生徒たちの間に絶望の声があがり始める、戦車に効く武器も能力もない、つまり戦車は潰せない……勇敢に戦った一人の生徒をだれも救えない。
嗚呼アッッァァァーーーー
どうにもならない事態にも、時間だけは残酷に進んでいく。
戦車が動かなくなったデランに飽きたのか主砲の射角を大地に横たわったその体に向けたのだった。