植木鉢にて
漂白されたように真っ白な廊下を、少女が独り歩いている。陶器のように白い肌と白髪をはじめとして、彼女の身体からは彩度と呼ぶべきものいうものが一切失われているようだ。彼女の輪郭をかろうじて判別できるものにしているのは、身に着けた灰色のワンピースだけだった。
尋常ならざる光景にふさわしいとするべきであるろうか。当然のように彼女の容姿は美しいものだった。
しかし、彼女の印象を第三者に求めるなら、
「赤」
に統一されることは疑いようがなかった。
言い訳のようにさらりと塗られた深紅の口紅、そして白磁の眼球の中央にひときわ輝く朱色の虹彩が、ことこの彩度の失われた世界にあって、強烈な印象を与えた。
彼女はダンスのステップを踏むように、純白の廊下を音もなく歩いていく。灰色をはためかせ、三筋の赤い残像を残すように。
やがて廊下の終端にたどり着いた彼女は、壁面に手をついた。
音もなく開いた扉の先に広がるのは、すり鉢状の巨大なホールだ。部屋の中心部に見えるかすかに明滅する光に向かって、彼女は果てしなく長い斜面の階段を下ってゆく。
どれほど歩いただろうか。中心部にたどり着いた先に彼女を待っていたのはTVモニターが無数についた巨大な塔であった。モニターの一つ一つに、多種多様な映像が映し出されている。かたやマスコットのようなキャラクターが光線を撃ち合い、かたや筋骨隆々な男が格闘戦を繰り広げている。そのすべてが彼女にはなじみの薄いものばかりで、「無限バンダナだ」と自信満々にのたまう髭の男を見た際には、思わず首をかしげた。
彼女は塔の周りで何かを探しているようだったが、やがて
「あぁ」
と声を上げた。彼女の視線の先にあるのは床に胡坐をかいて座り込み、うつむいている男性だった。年齢は四十半ば、少女と同じくその全身が例外なく純白に染め上げられている。仕立てはいいがくたびれたグレーの背広をまとい、首元には大きな翡翠のブローチを付けており、テレビモニターの明滅にしたがって、鮮やかな緑色を閃かせた。
少女は男の横にぺたりと座り込み、上空を見上げて言った。
「本当に好きね。『ポケットモンスター』、『ストリートファイター』『メタルギアソリッド2』…今時そんな化石持ってる奴なんてこの世界どこを探したってあんたぐらいなものよ」
少女の呆れた声に、今しゃべる機能を思い出した、とでも言いだしそうなけだるげ声で答えた。
「もちろんただの複製さ、外の世界で本物を全部揃えたらいったいどんなことになるやら…ただし機能と内容、バグの挙動一つとっても本物と何一つ変わらないけどね。あっ、やめろって」
彼らの塔を挟んで反対側のモニターで、
「you lose」
の音声が響く。
「あーあ。RTA中の割り込みは大罪だ」
「知らない。それよりそろそろ仕事の時間だよ。大体、こんなのにリソース使って…。あんたのこの趣味部屋のせいでこの私がどれだけ歩かなきゃいけなかったか、わかる?」
少女の不満げな声に、男は
「知るもんか、僕たちの仕事にしたって、こいつらとそこまで違いがあるわけじゃない。まったく、君のせいでまた再走。どうやって責任取ってくれるわけ」
と、すぐ近くのモニターを拳で小突いた。
「い、い、か、ら。あのアホから」
「『悪くない』ですって」
男は先ほどまでのけだるげな雰囲気もどこへやら、
「それを早く言え!」
と勢いよく立ち上がった。
そして時間にして2秒ほど立ち尽くした。少女はその刹那に、男の目がまばゆい緑色の光を発するのを目にした。
「だから仕事の時間って言ったじゃん。で、あれもういいわけ?」
少女は塔と無数のモニターを指さして男に問うた。
「おわった!誰だ、スタンドアローンでこんなデカい部屋作りやがったのは…」
男は怒ったように部屋の階段をずかずかと駆け上っていった。
「おわった?」
少女がふと目を向けた先のモニター全てに、エンドロールが流れ始めている。
「最初からそのくらいでやりなよ」
少女はため息をついて男の後を追いかけた。




