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ヤドリギ:1(ログ64は廃棄済)

チリリチリリ、チリリチリリ。


 金属質で耳障りな音が鳴り響く。


 なんだよもう本当に...




 「   」


 あ、そうか。今の僕に発声機能はなかったんだ。


 とても楽しい夢を、見ていたような気がする。脳機能を一部オミットされている僕に夢を見ることが可能なのかはわからない。しかし、僕の脳が何か過去の記憶らしきものを掘り起こそうと試みた「実感」だけはあった。「ここ」に来てから初めての経験だ。


 チリリチリリ。この奇妙な音は、どうやら僕の頭上から発生しているようだった。断続的に起こる大きな振動が、「黒い歯車」を振動させているのだ――――――




                  それよりも、何か。




 思考に激しい痛みが割り込み、僕の体が『メンテナンス』中だったことを思い出した。いつも通り、『庭師(Gardener)』が僕の体を弄り回しているのが内臓越しにわかる。表情はマスクで読み取れない―—「実在性」を極限まで薄めるための連中の措置の一つらしい―――が、彼らの手つきには焦りがみられた。初めてのことだ。


 どうやら原因は、目覚めてからというもの断続的に聞こえているこの振動にあるようだった。マスクの隙間から声が漏れ出る。


 「この植木鉢(Flowerpot)もお払い箱か、予定よりも随分早いが」


 「ああ、切り倒されてカビたくそったれの木材にされんのも時間の問題だ。クソ、あの木こり野郎いい腕してやがる!」


 『庭師』は二人組だった。声の低い中年の男と若い男、だろうか。


 「もともと来期には処分予定だったものだがな。――『幹』との接続が切れる前に、種(Seed)の回収さえ済めば損害は少ない」


 「わーってるよ」


 若い『庭師』の片割れが僕の頭部に手を伸ばす。




                いや、誰かが足りないような。




 プチリ、という感覚とともに音が消える。もう一度、プチリ、と触覚が消えた。ああ、僕の大事な脳機能が、と冷めた胸中をとりあえず頭の中で言葉にしてみる。ここで一つの疑問にたどり着く。最後まで機能を切り捨てたら、この「実感」はどうなるんだろう?




                  足りない。足りない。




 それだけはダメだ。この「実感」が消える前に、その答えを探さなければ。




 チリリチリリ。僕の消えた音の世界に、金属質で耳障りな音だけが鳴り響く。


 


 「うるさいなあ」


 


 『庭師』をはねのけ、立ち上がる。ただし、今度は歯車を回すためじゃない。「足りない誰か」を探しに行くためだ。


 同時に、はるか上方の轟音がやみ、続いて倒壊音が響いた。まるで大勢の大男が拍手しているかのようだった。




 「発芽したのか、何が起こってやがる、既にこの植木鉢の脳機能はシャットダウンしたはずだ」


 若い『庭師』の一人の狼狽した声を聞いて、僕も気が付いた。発声機能も聴覚も触覚も、ついさっき『庭師』によって切断された機能までが回復している。もっと奇妙なのは、僕の体に見慣れない器官がくっついていることだった。


 先端に小さい玉のような花がぽつぽつとくっついている枝が、血管のように細かく分かれ、僕の右肩から上腕にかけてにまとわりついている。よく見ると、『メンテナンス』の際に『庭師』によって切除された手指の欠損も、植物のような器官が補っていた。そしてすべては漂白されたような白にそまっていた。この形、どこかでみたことがある。まるで――――――


「ヤドリギか」


『庭師』の一人が僕の思考の後を継いだ。


 「しかし、こんな短期間で『発芽』するなんてありえねえ。」


 「『幹』だ。上におわす白カビの親玉は、自分が切り倒されるのも時間の問題だとしてこいつを新たな庭に選んだってわけだ。接続が切れないうちにな」


 彼等の話す内容はそのほとんどが符丁が用いられていて理解することができなかったが、二つだけははっきりと確信できた。


 一つは、この状況がイレギュラーであるということ。もう一つは、『庭師』にとっても自分は脅威であるということだ。


 「そこをどいてくれ」


 「ダメだと言ったら?」


 「力づくさ。今まで体をいじくりまわしてくれたことへのお礼も兼ねてね」


 事実、今の僕にはそれができると、感覚で理解していた。


 「ヤドリギ」が、総毛立っている。


 ――除け、除け。ーー


 目の前の人間に対する、純粋な敵意。危害を加えられたからでも、嫌悪感を感じるからでもない。人間の排除、それが僕の右肩に寄生やどるモノの文化的本能なのだ。在り方に対して何ら疑問を抱かない。右が左でなく、上が下でないのと同じように。


 「いいだろう」


 あっさりと、『庭師』は引き下がった。


 「どこへなりとも行け、ただし人間の城塞には近づかないことだな」


 『庭師』の表情は相変わらず読み取れないが、僕に、というよりも右肩の「ヤドリギ」に語り掛けるようでもあった。


 「結構親切なんだな」


 「お前の処遇は、いずれうちの上司が決めることだ。私にはお前と敵対する理由がない。出口はここだ。さっさと行け。」


 感情のこもらない声で、『庭師』は真っ白なナイフを一振り取り出した。彼が壁に突き立て、一気に引き切ると、柔らかい絹でできているかのように音もなく滑らかに裂けた。


 先に続く階段へ踏み込む前に、元居た空間をかえりみる。


 漠とした白い床に、歯車が生えている。そしてそこにつながる棒がにょっきりと、何かの偶然のように不自然に生えている。黒い歯車は無数に重なり合い、枝分かれしながら、はるか高所にあると思われる天井へ伸びている。その様はまるで珊瑚だ。


 この空間を離れるのが心残りだったわけではない。ただ、今の白紙に等しい自分にとっては、ここが出発点だという事実。それを確認しておきたかっただけだった。


 僕自身の本当の出発点を見つけるまでは。


 僕は階段へ足を踏み出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「行かせてよかったのか、あの形態の S²が生まれたとありゃあ、『庭』の存在意義そのものが危ういぜ」


 「あの場で奴と敵対するリスクを負うことはない。むしろあれは『可能性』だ。今まで一方的に伐採されるだけだった S²にとってのな」


 「なるほどな。あんたの現場の判断ってやつが上様にどれほど信用されるかは見ものだ、せいぜい楽しみにしとくよ」


 若い『庭師』が吐き捨てる。


 「残念だが、お前がその結果を知ることはない」


 同僚をねぎらうために肩をたたくかのような気安さで、声の低い『庭師』はパートナーに背後から白いナイフを深々と突き刺した。肋骨を避け正確に刺しこまれたナイフは、体の前面からも刃渡りを5cmほどのぞかせた。若い『庭師』はその場にくにゃりと崩れ落ちた。


 『庭師』は死体から仮面をはぎ取ると、丁寧に元同僚の体を分解した。頭蓋骨を切り開き、脳髄をそのままの形に取り出した。


 「お前の体は奴らの記録上、No.64ということになるのかな。影武者としての番号だろうと、何かに記録として残れるならまだましだ」


 『庭師』は壁の先ほどとは別の部分に傷をつけると、そこに現れた階段を振り返ることもなく足早に登って行った。

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