ログ・No.109
この世界は、たった2つのものからできていた。触覚、そして痛覚。普段は一つ目さえあれば十分だ。だけどなければ立つことすらおぼつかず、僕は仕事ができない。二つ目は、あまり役に立たない。1月に一度だけ、人間がメンテナンスにやってきて、僕の体をあちこちいじりまわる。使い道はそのときだけ。痛みは体のふちをはっきりさせてくれる。メンテナンス前のからだとは、大違いだ。
僕は「回し手」というものらしい。日がな一日、棒を押し続ける。力いっぱい押し続けて、動けなくなったら人間が来る。僕はまた棒を押し始める。その繰り返し。ほかがどうなっているのかはさっぱりわからないけど、あるとき僕をメンテナンスする人間がそう教えてくれた。
彼によると、僕の世界は「まっくら」で、僕が押しているこの棒は「はぐるま」の一部なんだそうだ。「まっくら」も、「はぐるま」も、どんなものかはわからないけど、次の彼のことばは、もっと意味が分からないものだった。
「この歯車は、まるで真っ黒な珊瑚だよ」
さんごって、なんだろう。握った「はぐるま」の棒を押しながら、僕は考える。
そうそう、僕は「はぐるま」がかちりと「鳴った」ら、それで「おしまい」なんだって。「おしまい」が何かはいつも通りわからなかったけれど、どうなるんだろう。僕にはわかりたいことがたくさんあるんだ。もし「おしまい」になったら、「さんご」を「見て」みたい。もっといろいろなこともしてみたい。
そう、僕に言葉を教えてくれた人間に伝えると、彼から、水がぽとりと落ちてきた。ぽとり、ぽとり、といくつか続いた。
冷たい。でも、落ちてきた水が、最初から冷たかったわけじゃないことは、なぜかわかった。きっと、温かかったんだ。
はやく、はやく「はぐるま」がかちりと「鳴ら」ないかしら。そう思いながら今も僕は棒を押し続けている。