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ネムノキ:2

つかの間の静寂は、無数のはばたきによって打ち壊された。数百羽にも上ろうかというハゲワシの群れが、いまや生気を完全に失った森に飛来したのだ。よそよそしいまでの白と、天を覆う空の青。二色で構成されていた青年の視界に、突如としてハゲワシのこげ茶色が参入した。ハゲワシの群れは切り倒された大樹にびっしりと取り付き、盛んに首を上下に、前後に動かしていた。ハゲワシが死体に群がる光景は、本来特異なものではない。しかし、彼らの肉をついばむ動きには、最も重要な器官が欠けていたのだ。


 頭部である。本来薄い羽毛に覆われた頭部は、長い首元の半分ほどの長さですっぱりと切り取られていた。断面には残酷なまでの自然さで、銀色の金属製アームが取り付けられている。そのアームでもって、首なしのハゲワシたちは取り付いた大樹の外皮をついばみ、引きはがしているのだった。


 『首無し(Headless)』である。白い森の生物に対する攻撃性と、強力な電波障害を回避し、大量かつある程度効果的に運用できる手段として選ばれたのが、動物だった。頭部を刈り取り、意識をつかさどる部分のみを除去する。残りの脳は胴体部分に移植し、頭部や必要とあればそのほかの部位を目的にあったツールに置き換える。いわば本能というプログラムで動く肉の機械であった。


 青年は視線を大樹とは反対の方向に向けた。不自然さをグロテスクさが食らう光景にひるんだわけではない。青年の背後をとるのが「彼」の癖だということを熟知していたためである。


 「今回もお見事だったね」


 もしその男の印象を語るものがいるとして、表現に詩的なこだわりがないとすれば、「黒かった」と口にするだろう。漆黒と表現するのも控えめに思われるほどの、真っ黒ながい外とう。細かいディテールを一目見ただけでとらえることは難しいほどに、反射率が抑えられているのだ。一方で、彼の肌は白皙と表現するにふさわしかった。今しがた青年の斧によって切り倒された大樹とまではいかぬものの、人間の肌をモノクロにコピーし貼り付けたかのような白だ。そして、その頭髪も皮膚の色に準じていたから、この死んだ白い森の中に真っ黒な外とうだけがぽっかりと浮かんでいるように見える。


 「No.106の伐採により、城塞間通信網は5.4%が回復。エリア51内での降雪確率は0%となった。全ての樹の伐採まで、残り二柱。城外への再進出がなされる日もそう遠くはないだろう」


 天気予報の原稿でも読むような平坦な調子で男は告げた。


「どうかな」


「と、言うと?」


 青年が唇の端だけを器用に持ち上げて答える。


「城の外に出てくる気がある連中はどの程度いるのか、って話さ。人類が作り出したS²が史上初めての天敵だって判明したあの日から36年、人間が人間のまま外に出られたためしなんてないだろう」


 青年はかかとを軸にして180度回転し、黒い外とうに背を向けた。


「あんただって、どんな技術を使っているかわからないけど、本当のあんたはここにはいないはずだ」


 外とうの男はゆっくりとかすかに首を横に振ると、


「いいや、私はいつだって私だよ。この上なくね」


とにこりともせずに少しうつむきがちに答えた。青年に向けて、というよりも目線の先に語り掛けているようだったが、男はすぐに青年の背に視線を戻した。


「『首無し』を手配した。1時間もせずにこちらに到着するだろう」


「OK。『丸太小屋ログハウス』に帰るのは少し先になるかもしれない。管理官(Ad)によろしく」


「ご心配なく。父上(Dad)は御承知済みで」


 男は口角を上げ、こめかみをトントンとたたいた。青年は少し眉を中央に寄せ、


「あんたのそういうところが苦手だ。」


と吐き捨てた。男は青年の言葉に反応することなく、そうそう、と付け足し、足元に落ちている真っ白な大樹の枝を一本拾い上げた。「No.106は『ネムノキ』だ。...花言葉は御存じかな?」


枝にはしおれてこそいるものの、未だに櫛状の葉と綿毛のようなふわふわとした花が付いていた。


「またそれか、さっさと答えを言ったらどうだ、植物学者殿」


 青年の眉の角度はさっきよりもきつくなっている。


「『創造力』だとも。次の誕生日には図鑑でも差し上げようかな。それでは、また次の切り株で。ごきげんよう『木こりのジャック(Lumberjack)』」


ジャックと呼ばれた青年は振り向きざまに詰め寄ろうとした。


「あんたのそういうところが本当に...」


 しかし、言葉の続きを紡ごうにも相手はいなかった。男は姿を消していた。熱い鉄板の上に雪片を1つ落とした時のように、音もなく。こつ然と。


「何冊目だと思ってやがる」


 青年はふんと鼻を鳴らし、息を吐きながらその場に倒れこんだ。大樹が切り倒され、死んだ森の空気は、どこか少しよそよそしかった。青年はそれも妙なものだと思ったが、思考はパカラ、パカラと聞こえてくる規則的な音に向けられていた。おおかたあおのあの植物学者が遣わした『首無し』だろう。彼の報告通り、馬型の『首無し』が青年のもとにたどり着くまで、1時間はかかりそうだった。ジャックと呼ばれた青年の鼻先に、冷たいものが降りてきた。


「雪だ」


 体を起こすと、今更凍えるような体でもないけれど、と独り言ち、その歩みを足音の方向へ向けた。

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