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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

回帰した奴隷令嬢は幸せを掴む

作者: 温故知新

「その子、捨ててちょうだい」



 ――それが、生みの母親から最初で最後にかけられた言葉だった。


 私が生まれた国『リグラン王国』は大陸イチの大国であり、優れた容姿と魔力が貴族のステータスとして重要視されている。

 そんな国では、貴族の家に生まれた子どもが劣った容姿ならば、殺しても捨てても罪には問われず、平民の中で容姿と魔法に秀でている者がいれば、本人の意志など無視して貴族の家に迎えていいという暗黙の了解がある。


 要は、平民も貴族も容姿と魔力で人生が決まるのだ。


 特に、私の生まれたジェフリー公爵家は、容姿端麗を何よりも最重要視していて、生まれたばかりの赤子を捨てることに何の躊躇いもなかった。


 建国時から王家を支えている公爵家にとって、醜い者がいることが罪なのだから。


 生みの母から『醜い』と蔑まれ、赤子の私をあっさりと捨てた両親と使用人達の関心は、双子の妹として生まれた赤子に向けられた。


 それでも、母に私を捨てるように命じられ、私を抱きかかえて部屋を出た侍女は、誰もいない廊下を歩いきながら人知れず涙を流した。



「おかしいわよ。こんなに可愛い子を醜いと蔑んで捨てるなんて。この家の人達は……いえ、この国の貴族はどうかしているわ」



 母の侍女をしていた彼女は、隣国の元男爵家の次女で、実家が没落したことで出稼ぎのためにこの国に来て、縁あって公爵家の使用人として働き始めた。



「良いわよ、こんな可愛い子を捨てるなら私が育てる! だから、あなたは今日から私の子よ!」



 屋敷の外に出た侍女は、主の命令を無視し、転移魔法を使って屋敷のある王都からかなり離れた辺境の小さな村にある彼女の住む家に私を迎え入れた。



「ここなら安心よ。でも、仕事が残っているからこの子は隣家のマーサさんに面倒を見てもらうことにして……あ、そうだ!」



 生まれたばかりの赤子の私の頭を優しく撫でた彼女は、聖母のような優しく笑みで私に名前を授けた。



「あなたの名前はアカーシアよ。これからよろしくアカーシア」



 こうして、私は生みの母の侍女であり、育ての親であるハンナの子『アカーシア』として育てられた。



 ◇◇◇◇◇



「お母さん見て! 今日は先生に読み書きを褒められたよ!」

「良かったわね! アカーシア! お母さん、とっても嬉しいわ!」



 私がお母さんの子として引き取られて10年後。


 お母さんの言いつけで村の外に出ることが無かった私は、お母さんが働いている間は、村の一員として村人のお手伝いをしたり、村に1つしかない学問所で村の子達と一緒に読み書きを学んだり、村の広場で遊んだりしていた。


 そして、お母さんが仕事から帰ってくると一緒に家に帰って、その日の出来事をお母さんに話して、ご飯と食べて、お風呂に入って、一緒のベッドに眠った。


 そんな慎ましくも穏やかな日々を過ごしていた私は、10歳の誕生日にお母さんから私が本当は貴族の子でお母さんとは血の繋がりが無いことを教えてくれた。

 でも私は、優しくも厳しいハンナお母さんのことが大好きだったから別に構わなかった。



「アカーシア、私はあなたのお母さんで本当に良かったわ」

「どうしたの、お母さん?」

「ううん、何でもないわ」



 いつものようにお母さんに今日のことを話すと、疲れた顔をしながらも優しく微笑みかけるお母さんの言葉に少しだけ嫌な胸騒ぎを覚えた。

 けれど、お母さんが作った美味しいご飯を食べ終わった私は、嫌な胸騒ぎを忘れようとお母さんに駆け寄って思いっきり抱きついた。



「私もお母さんの娘で本当に良かった!」



 ――捨てられそうになった私をお母さんが育ててくれたから、私はこうして幸せに生きている。だから、これからもこの村でお母さんと一緒に暮らしたい!


 けれど、その翌日、お母さんは突然帰らぬ人になった。


 母の葬儀に参列してくれた村人曰く、雇い主の反感を買ったお母さんは、毎日休憩無しで過酷な労働を強いられていたとのこと。

 幸い、定時に帰れたものの、その過労が祟って儚くなった。


 優しい母が目の前からいなくなり、声を上げながら涙を流した翌日、突然『母の勤め先の人間』と呼ばれる大人達が私を無理矢理連れ去り、母の職場であり私の生家である屋敷に、どこかの男爵家の次女として働かした。



 ◇◇◇◇◇



「ねぇ、お父様。この子、地味だけどそれなりに容姿は整っているし、頭も良いみたいだから私の護衛兼侍女にしても良いわよね?」



 ジェフリー公爵家の使用人として働き始めて2年、嫌だった仕事にも慣れ、誰にもこの家で生まれたことを知らせないまま12歳になった私は、ジェフリー公爵家の娘であり、この国の王太子殿下の婚約者であるアイリーン様に目を付けられた。


 私の双子の妹であるアイリーン様は、くすんだ金髪に茶色の瞳で地味な顔立ちの私とは似てもつかぬ、ハニーブロンドの髪に空色の瞳で天使のような愛らしさと、大人びた妖艶さを兼ね備えた絶世の美女だった。


 そんな彼女は、この国では珍しい『聖魔法』が使え、『聖女様』を崇められていた。

 そんな彼女の容姿端麗さと完璧な立ち振る舞いは、家族を含めた周りの人達を魅了し、つい先日、王太子殿下の婚約者になった。



「もちろんさ、愛しい我が子であり、この国の聖女様であるのアイリーンよ!」

「ありがとう~、お父様~! 大好き~!」



 12歳にしては豊満な過ぎる体躯のアイリーン様に抱き着かれ、満更でもない顔で笑っているこの人は、私の生みの父でありこの屋敷の主である旦那様。


 そんな2人を冷めた目で見ていると、旦那様が険しい顔で私の方を見た。



「そういうことだから、貴様はアイリーンの護衛兼侍女になれ! いいか、命懸けでアイリーンを守るんだ!」

「かしこまりました、旦那様」



 ――既に、王宮から聖女様の護衛役の騎士が派遣されているのだけど……使用人である私に拒否権などない。


 こうして私は、使用人の仕事をしながら騎士達から護衛としての厳しい訓練を受けて3年後、15歳になられたアイリーン様の護衛兼侍女として魔法学園と王宮に通うことになった。




 ◇◇◇◇◇




「こんにちは、アカーシア嬢」

「これは、アドルフ様。ごきげんよう」



 護衛として学園に通い始めて3年の時が経ち、卒業も間近に迫ったある日の昼休み、アイリーン様の護衛として少し離れた目立たない場所で立っていると、同じクラスのアドルフ様が声をかけてきた。


 彼は、隣国レスティア帝国の辺境伯家次男で、我が国に留学していうる皇太子殿下の側近候補の1人。

 紺色の髪と金色の瞳、凛々しい顔立ちで騎士らしい逞しい体躯をしている彼は、私と同じ護衛という立場もあってか、よく私に話しかけてきた。



「それにしても、聖女様の護衛って大変だね。聖女様が数多の貴族令息達を誑かしても彼女の身を守らないといけないなんて」



 そう言って、彼が冷たい視線を向けた先には、婚約者である王太子殿下を始め、たくさんの貴族令息達が、ベンチに座っているアイリーン様に愛を囁いていた。



「それが護衛の仕事ですから」

「あれっ? 誰彼構わず男達を誑かしていることは否定しないの?」

「私のような身分の者では、そのような出過ぎたことは申し上げられません」

「『出過ぎたこと』ねぇ……」



 ――だけど、学園を卒業されたら、未来の国母として自覚ある行動をして欲しい。


 仲の良い使用人仲間から聞いた話だと、私が使用人として働き始めた頃から、アイリーン様は目に付いた男性が既婚者だろうが婚約者持ちだろうが関係なく迫っていたらしい。


 そして、王太子の婚約者になってからは拍車がかかり、気に入った男性は自分のものにしないと気が済まなくなった。


 ――そう言えば、最近では王太子妃教育の座学を一緒に受けたり、アイリーン様が行うべき書類仕事を押し付けられるようになったりしたわ。全て『聖女様の采配』ということで済まされているけど。



「ところで、皇太子殿下はどちらに?」

「あそこのガゼボで本を読んでいるよ。たまには息抜きをしたいんだと」

「そうでしたか」



 そう言って、誰もいないガゼボで1人静かに本を読んでいる皇太子殿下を一瞥すると、複数の男性に体を弄られて喜んでいる聖女様に視線を戻した。



 それから数日後、学園を卒業したアイリーン様と王太子殿下は、国王陛下が退位すると同時にこの国の王と王妃になられた。


 これで、私の役目も終わり……と思いきや、アイリーン様に呼び出された私は、彼女の自室に入った瞬間、突然、私の首に禍々しい首輪をつけらえた。



「ウフフッ♪ あなたはこれからも私の下僕として死ぬまで働くのよ♪」



 ◇◇◇◇◇



 アイリーン様につけられた首輪は『隷属の首輪』と呼ばれる禁断の魔道具で、装着者の魔力や生命力を使い、装着者の自我だけでなく、睡眠や食事など人として生きるために必要なことすら奪い、主人のために働く奴隷と化す恐ろしい物だった。

 それをどうしてアイリーン様が持っていたのかは分からないけれど、聖女様の奴隷となった私は、義妹に手を引かれるがまま彼女の住む華やかな離宮の薄暗い地下牢獄に閉じ込められた。



「あんたはこれから、私の奴隷として地味な仕事を全てやってもらう。そのために、あんたを王太子妃教育のみならず王妃教育も受けさせたんだから♪」



 ――そんなことのために受けさせていたなんて! 嫌だ! 今すぐ私を故郷の村に帰して!


 楽しそうな笑顔のアイリーン様からのお願いを聞いて、今すぐここから逃げたかった。

 けれど、奴隷の私には手足すらも動かせなかった。



「それじゃあ、よろしく♪」



 そう言って、アイリーン様は護衛騎士達が持ってきた大量書類を牢獄に入れると、彼らを連れて地上へ繋がる階段を軽やかに駆け上がった。


 それからというもの、私は聖女様の奴隷として、騎士達が運んでくる書類をアイリーン様の名前で淡々と処理していく。


 そして、魔道具に感情や時間間隔を奪われた頃、彼女の分だけでなく、国王陛下を始めとした、彼女のお気に入りの殿方から書類仕事を押し付けられた。


 それも主の命令として淡々と処理していると、アイリーン様の艶めかしい声が聞こえてきた。


 離宮の奥でお気に入りの殿方と愛を深めているのだろう。


 そんな声が、昼夜問わず毎日聞こえてくるようになったある日、突然、獣達の呻き声が離宮に響き渡った。



「ヒイィ! アイリーン、何とかしろ!……って、アイリーンどこだ!」



 アイリーン様の夫である陛下の情けない声が地下牢獄まで届いた瞬間、地の底を震わすような獣達の声が再び離宮に響き渡った。



「クソッ! アイリーンのやつめ、魔獣が王都に来た瞬間、さっさと国外逃亡したな! この淫乱女! こうなったら、俺も愛人を連れて国外逃亡だ!」



 近衛騎士達を連れて離宮に来た陛下は、国外逃亡を決めると離宮を立ち去った。

 その時、胸に激痛が走り私は、簡素な木の椅子から冷たい床へと倒れ込んだ。



「うぐっ、これって……はっ!」



 ――声が出ている! ということは、私は聖女様から解放されたってことね!


 自分の意志で手が動かした私は、魔獣が来ているにも関わらず、喜びに打ち震えていた。

 その刹那、激しい胸の痛さと苦しさが体を縛り付けた。



「ハァ、ハァ……これって、もしかして禁忌の魔道具を使った代償?」



 胸の苦しみから徐々に呼吸が浅くなり、その場に寝転んだ私は、魔道具を使った代償で自分の命がそう長くはないと悟った。



「そんな……やっと自由の身になれたのに!」



 ――なのに、ここで終わりなの? 私の人生、ここで終わっちゃうの?



「……悔しい」



 お母さんが亡くなってから、私の人生は誰かに使われるものになった。

 それでも、いつか故郷に帰って、あの時のような穏やかな暮らしが出来ると思った。



「私、まだまだやりたいことたくさんあったのに」



 ――もっと色んな勉強がしたかった。あわよくば、平民では会得出来ない『魔法』を会得してみたかった。そして、聖女様の護衛をしていて出来なかった友達を作ってみたかった。それと……



「誰かを愛して、誰かに愛されたかった」



 牢獄に繋がる扉から黒煙と生ものを燃やしたような酷い異臭が、地下牢獄まで届いた時、既に離宮が魔獣に蹂躙されたのだと知る。


 けれど、逃げる力も奪われた私は、薄暗い場所で1人孤独に人生が終わることに悔し涙を流すしかなかった。



「こんなところで死にたくない……けれど、もし」



 ――来世があるなら、自分の手で幸せを掴めるようなものにしたい。


 扉を突き破り、異形じみた獣が階段から降りてきた時、私は気を失うように静かに息を引き取った。


 その直後、私のことを助けに来てくれた人が、禁断の魔法を使って時を戻したとも知らずに。



 ◇◇◇◇◇



「う、ううっ……」



 頬に当たる温かな布に既視感を覚えた私は、ゆっくり目を開くと、見覚えのあるテーブルとキッチンが視界に入った。



「ここって、我が家よね? でも、私……」



 地下牢獄で息を引き取ったと思っていた私は、慣れ親しんだベッドから起き上がると、久しぶりの我が家を見回した。

 すると、玄関に立て掛けてあった姿見に、お母さんの葬儀に着ていた服を身に纏った10歳の自分が映り、思わず目を見開いた。



「嘘、でしょ?」



 姿見に映る幼い自分が今の私なのか信じられず、思わず頬をつねると、姿見の私も同じように頬をつねって、指から生温かい温度と痛みが指から伝わった。


 どうやら、時間が戻ったらしい。



「一体、どういうことなの?」



 ――死の間際、来世で穏やかな生活を願った。けれどまさか、時間が戻るなんて思いも寄らなかった。


 なぜ時間が戻ったのか分からず首を捻ると、不意に過去の記憶が蘇り、慌てて外を見て、まだ夜明け前だったことに安堵する。



「良かった。まだあの人達は来ていない」



 ――私を連れ去ったあの人達は確か、昼過ぎに来たはずだから。



「どうして時間が戻ってしまったのかは分からないけれど……これはチャンスよ!」



 ――そう、私が前世で願った未来を掴むチャンス!


 気合を入れた私は、急いで部屋の奥から使い古された大きな肩掛けカバンを引き出すと、家にあった食料や衣服など必要な物を入れていく。


 ――このカバンは、お母さんが就職祝いに貰ったカバンで、収納魔法が付与されているから、たくさん物を入れても今の私が持って行くには問題無いはず!


 前世では使うことが無かったカバンに必要品を詰め終えると、カバンを斜めにかけた。

 すると、テーブルの上にある手紙が視界に入り、それを手に取ると目を通した。


 この手紙は亡きお母さんからの手紙で、そこには私がジェフリー公爵家の娘であり、お母さんに血のつながりが無いこと、自分が死んだ後のこと、私のことを愛していることが書かれていた。



『もし辛くなったら、地図にある孤児院に行きなさい。そこはお母さんの親戚が経営している孤児院だから、あなたのことを受け入れてくれるわ』



「お母さん……」



 血の繋がりの無い私を娘のように育ててくれた大好きなお母さん。



「お母さん。私、今度こそ幸せになるから」



 ――誰かの奴隷になることもなく、穏やかで幸せな未来を掴むから。


 いつの間にか流れていた涙を拭い、手紙を懐に入れた私は再び外を見た。


 ――もうすぐで夜が明ける。となると、そろそろ村人達が活動を始める。



「出来れば、村人達に見つからずに村を出て行きたいんだけど……そうだわ!」



 そう言って、小さなクローゼットから少し大きめの黒いローブを取り出して纏うと、キッチン近くに置いていた大きい麻袋を部屋の真ん中に置いた。



「後はこの家を燃やせば、村人達だけじゃなくて、あの人達も私が死んだと勘違いするはず!」



 前世で使用人として働いた頃、私は偶然、あの人達が村人達を買収し、私の居場所を教えたことを知った。

 まぁ、平民が貴族に逆らうなんて出来ないし、この村はそれなりに貧しい村なので、村人達が大金に目がくらんでしまうのは仕方ない。


 だからこそ、今世では私の存在を消す……思い出の詰まったこの家ごと。



「本当はこの家を燃やしたくない。でも、私が死んだと思わせないと」



 ――あの人たちが欲しかったのは、あくまでお母さんの補充要員。私である必要はない。


 そう自分に言い聞かせ、裏口から家を出た私は、村人がいないことを確認し、マッチに火をつけて家の中に放り込んで扉を閉じると、手紙に入っていた地図を頼りに脇目も振らずに一目散で村の外に出た。



「火事だ!!」



 そして、村人達が火事に気付いた頃、私は村近くの大きな街を訪れ、孤児院近くを通る乗合馬車に乗っていた。



 ◇◇◇◇◇



 村を離れ、国境近くの孤児院に駆け込んだ私は、お母さんの名前を出すと、院長やシスター達から温かく迎え入れられた。


 孤児院に住む子どもたちと賑やかだけど穏やかな日々を過ごして数ヶ月後、私は出稼ぎのために隣国に渡った。


 そこで、思わぬ再会を果たす。



「やっと見つけた」

「あな、たは……!」



 平民向けの仕事紹介所を出た時に声をかけたのは、前世で学園に通っていた頃、よく話しかけてくれたアドルフ様だった。


 突然の再会に驚く私を見て、心底嬉しそうな笑みを浮かべたアドルフ様は、私のところに駆け寄ると優しく抱き締めた。



「良かった! 生きていてくれて本当に良かった! 君があの村にいないと知った時、絶望しかなかったから!」

「ちょっ、離してくださいアドルフ様!」



 ――というより、どうして私のことを知っているの!? 前世ならともかく、今世では初対面でしょ!?


 いきなり抱き締められて慌てふためいた私が思わず彼の名前を出すと、アドルフ様の目が大きく見開いた。



「まさか、記憶まであるなんて!」



 すると、アドルフ様の背後に控えていた男の人の声が恐る恐る口を開いた。



「アドルフ様、この平民がもしかして……?」

「あぁ、この人が僕がずっと探していた人だ」

「えっ?」



 ――私を探していた?


 困惑する私に、甘い笑みを浮かべたアドルフ様は、背後にいた男の人に馬車の手配を頼むと、優しく私の手を取った。



「驚かせてごめん。けれど、アカーシア嬢が生きていてくれて本当に嬉しかったんだ」

「どう、して? どうして私の名前を知っているのですか? それに、探されていたって……」

「それは屋敷に帰ってから話そう」

「屋敷?」

「そう、僕が住んでいる屋敷……そして、これから君が住む屋敷さ」

「はいっ!?」



 今世でアドルフ様に再会した途端、私は彼が住むノーモス辺境伯家の屋敷におじゃますることになった。



 ◇◇◇◇◇



「まず確認だけど、君の前世があの淫乱聖女の侍女だったことは覚えている?」

「えっ、まぁ……そうですね」



 彼に手を引かれて客間に入り、そのままアドルフ様と向かい合わせで座った私は小さく頷くと、再会した時から気になっていたことを口にする。



「ということは、アドルフ様もその……前世の記憶を持っていらっしゃるということでしょうか?」

「あぁ、そうだよ。というか、時間を戻したのはこの僕なんだ」

「ええっ!?」



 ――時を戻したのがアドルフ様!?


 驚いて言葉を失う私に、神妙な面持ちのアドルフ様が事の経緯を話し始めた。



「学園卒業後、殿下とともに帝国に戻った僕は、殿下の護衛の仕事をしながら、君をこの地に呼び寄せる準備をしていた」

「私を、ですか?」

「あぁ、君はとても優しくて頭も良くて強いけど、あの女の言いなりになっていることが気に入らなくてね。どうしてもこの地に来てほしかったんだ」

「っ!……そこまで、考えてくださったのですね」

「うん、まぁ……ね。けれどそんな時、王国と帝国の間にある広大な森で大規模なスタンピードが起きたんだ」

「えっ!」



 『スタンピード』いう言葉が出た瞬間、脳裏に前世で聞いた耳を劈くような獣達の雄叫び声が蘇った。



 ――それじゃあ、地下牢に魔物が現れたのは、スタンピードで魔物が襲ってきたからだったのね。



「帝国騎士達と共に、僕は帝国に侵入した魔獣達を屠った。だが、王国は……王族や聖女とその家族たちが国を捨てて逃げたことで滅国したんだ」

「っ!!」



『チッ、こうなったら俺も逃げてやる!』



「それを聞いた僕は、殿下から君の居場所と王国に入る許可をもらい、君のいる離宮の地下牢獄に向かった。けれど、その時にはもう……」



 悔しそうに顔を歪ませたアドルフ様は、組んだ両手を強く握った。



「君の亡骸を見て絶望した僕は、帝国で禁忌とされている魔法を使い、自分の命と引き換えに時間を戻した」

「それが、今世なのですね。ですが、どうしてそこまでして……」



 ――アドルフ様との接点は学園だけだったはず。それなのに、どうして……


 眉を顰める私に、アドルフ様は再び甘い笑みを浮かべた。



「それはもちろん、大好きな君のことを諦めきれなかったからだよ」

「えっ?」



 ――アドルフ様が私のことを好き?


 アドルフ様の言葉を理解した瞬間、急に心臓の鼓動がうるさくなり、頬に熱くなった。



「その様子だと、ようやく僕の気持ちに気づいたようだね。これでも、前世では僕なり猛アプローチしていたつもりだったんだけど」

「だ、だってそんなこと一言も……!」

「言ってなかったね」



 アドルフ様の嬉しそうな笑顔に、見惚れてしまった私はその後、辺境伯家の客人として保護された。


 一方、祖国では聖女様に国が乗っ取られ、前世で私を苦しめた首輪が国民全員につけられた。



 ◇◇◇◇◇



 ノーモス辺境伯家に保護された私は、辺境伯夫妻にご挨拶をすると、夫妻は息子から私の事情を聞いていたらしい。


 もちろん、前世のことは聞いていないみたいだけど、私の境遇に深く同情してくれた。


 そんな辺境伯夫妻の計らいで、辺境伯家の親戚筋にあたるリットリオ伯爵家の養子に入った私は、アドルフ様の勧めで魔力検査を受けた。

 王国では貴族しか受けられない魔力検査は、帝国では5歳になれば誰でも受けられるとのこと。

 そこで私は、治癒魔法の適正があることが判明した。



「アカーシア、せっかくだから魔法の勉強だけじゃなくて、治癒師の資格も取ってみようよ!」

「ですが、元平民の私では治癒師はおろか、魔法の勉強なんて……」

「大丈夫だよ。王国とは違って、帝国は誰でも魔法の勉強も出来るし、頑張れば治癒師にもなれるよ!」

「そ、そういうことでしたら……」



 そうして、帝国に来て5年後、15歳になった私は帝国の学園に入学し、魔法を始めとした様々なことを学びつつ、治癒師の資格取得に励んだ。


 前世では聖女様から何かと課題を押し付けられていたけど、今世では思う存分勉強が出来たし、念願だった友達もたくさん作れた。


 そして、学園に通い始めて3年の月日が経ち、18歳で学園を卒業した私は、そのまま辺境伯騎士団に新米治癒師として働き始めた。


 毎日大変だけど、周りの人達の温かさに助けられ……何より、アドルフ様が気にかけてくださるお陰で、とても充実していた。


 そんなある日、帝国に敵襲を知らせる鐘が響き渡り、建国時から国境を守っている辺境伯家の屋敷に騎士が飛び込んできた。



「報告! 王国兵が突如、森の奥から現れ、関所を襲撃してきました!」

「「っ!?」」



 ――王国が攻めてきた!? 前世ではそんなことは無かったはずなのに。


 前世では起きなかった出来事に困惑している私の隣で、険しい顔をしたアドルフ様が伝令役に問い質す。



「数は?」

「3000です」

「多いな」

「はい。現在、我が騎士団は王国兵に応戦しているのですが……どうもおかしいのです」

「おかしい?」

「はい。王国兵が全員、隷属の首輪をつけているのです」

「っ!」



 ――隷属の首輪。それってつまり……


 聖女様の嗜虐的な笑みが頭を過り、血の気が引くのを感じていると、小さく息を吐いたアドルフ様が辺境伯様に目を向けた。



「父上、私は殿下の側近として帝国騎士団と共に王国兵の鎮圧に向かいます」

「分かった。大方、国民全員を自分の奴隷にした聖女様が、遊び感覚で攻め行ってきたのだろう」

「っ!」



 ――聖女様が国民全員を奴隷にして、この国に攻め行ってきたというの?



「……せない」

「アカーシア?」



 前世で味わった屈辱を思い出し、きつく拳を握った私は俯いていた顔を上げた。



「絶対に許せない!!」



 珍しく声を荒げる私を見て、目を見開いたアドルフ様達は優しい笑みで力強く頷いた。


 その後、皇太子殿下指揮のもと、首輪のついた王国兵を帝国と辺境伯家の両騎士団が完全に鎮圧した。


 私も辺境伯騎士団の治癒師として、負傷している皆様の治癒を施した。


 そんな最中、前世と同じスタンピードが起き、帝国は攻め入った魔獣達を全滅させたが、王国は魔獣達によって滅国した。


 その直前、他国へ逃げようとしていた聖女様とその家族、王族達の皆様をアドルフ様と帝国騎士団が捕らえた。


 そして、周辺諸国の長達が集まった軍事裁判にかけられた結果、帝国に無断で攻め入ったこと、王国を見捨てて逃げたこと、聖女様に関しては複数の貴族令息達を誑かした罰として、全員斬首刑に処された。


 そして……



「アカーシア、前も言ったけど、僕は前世の時から君のことが好きだ。だから、今世では僕と一緒に幸せになってくれないか?」

「はい、アドルフ様!」



 辺境伯領の小さな丘の上で、アドルフ様からプロポーズを受け、前世で奴隷として扱われた私は、今世で大切な人と幸せを掴んだ。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


そして、ブクマ・いいね・評価の方をよろしくお願いいたします!

(作者が泣いて喜びますし、モチベが爆上がりします!)


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