ゴミ箱とゴミ同士
「…うっ、く…!!ジュリア!ジュリア、返事をしてくれ!」
元婚約者――私にとってはただの「異世界で会った嫌味な男」――の声が、ゴミ箱の中から響く。必死さと焦りが入り混じったその声は、切実というよりも、どこか滑稽だった。いや、滑稽と感じる私の冷たさに、自分でも少し驚いた。
だが、考えてみれば当然だ。私はジュリアのことも、この元婚約者レオンのことも、特に興味がない。ただの他人だ。レオンの必死さも、ジュリアの逃走も、私にとっては取るに足らない出来事でしかない。私が守りたいのは、このゴミ箱だけだ。それ以外のことに労力を割く必要がどこにある?
とはいえ、あまりにも騒がしい。ゴミ箱の中から繰り返される「ジュリア!」という叫び声は、異常にしつこく、私の耳をひどく煩わせていた。
「ジュリア……ジュリア……」
――もう、うるさいな。
私は軽く溜息をついた。
「ジュリアなら、帰ったわよ。」
「……な、何だと?…そんな筈はない!!」
案の定、レオンの声が止まる。ゴミ箱の中から聞こえてくるその声には、驚きと疑念が入り混じっている。
「だから、帰ったのよ。」
私はもう一度、今度は少しゆっくりと繰り返した。
「『私帰りますわ』って言いながら走っていったわ。ドレスの裾を引きずりながらね。」
「…嘘だ……ジュリアが俺を置いていくなんて……」
その言葉が出た瞬間、ゴミ箱の中から小さなすすり泣きが聞こえた。それを聞いた私の中に、妙な感情が湧き上がる。哀れみか、それとも呆れか。多分、両方だろう。
――こんな状況で泣けるなんて、ある意味才能かもしれない。
「ジュリア……どうして……俺を……」
レオンの泣き声はさらに大きくなり、私は思わず顔をしかめた。静かだったゴミ箱の中が、彼の涙と嗚咽で湿っぽくなっていくのを想像すると、どうにもやりきれない気分になる。
「仕方ないな。」
私は小さく呟き、ゴミ箱の蓋を開けた。中を覗き込むと、埃と落ち葉にまみれたレオンがいた。涙で濡れたその顔は、普段の整った印象とは程遠い。
「ほら、手を出して。」
私は彼に手を差し出した。
「……君が……こんなことを……」
彼は何か言いかけたが、私はそれを無視して彼の手を掴み、ゴミ箱の中から引っ張り出した。
埃まみれの彼が床に座り込むのを見下ろしながら、私は静かに言った。
「ほら居ないでしょ。アンタを見捨てて帰ったの。」
「そんな……」
彼は目を伏せて呟く。その姿に、一瞬だけ何か言葉をかけてやろうかと思ったが、結局やめた。
「まあ、別にいいじゃない。」
私は軽く肩をすくめ、彼を見下ろした。
「ゴミ同士、お似合いなんだから。」
「……ゴミ?」
彼が呆然とした声で返すのを聞いて、私は淡々と続ける。
「そうよ。だって、ゴミ箱に入ってたんだから。このゴミ箱は最高の相棒だけど、吸引するのはゴミだけ。だから、あんたたちが入ってたってことは、そういうことよ。」
その言葉が彼にどれほどの衝撃を与えたかは分からない。彼の顔が驚きと困惑で硬直しているのを見て、私は少しだけ満足感を覚えた。
「そうだ、最後に一つだけ。…婚約破棄?上等よ!!」
そう言い放ち、私は彼をその場に残して歩き出す。
背後で何か声がしたような気もしたが、私は振り返らなかった。