【最終話】私の戦いはこれからだ!次回「潰れかけ海賊レストランの跡取り娘に転生しましたが、私の電気圧力鍋が万能すぎて海賊王に溺愛されています」
◆◆◆
「いやあ、ついにここまで来たか……!」
私は感慨深く頷きながら、電気圧力鍋の試作品を抱きしめた。開発部で苦労した日々が走馬灯のように蘇る。途中、試作一号機が吹きこぼれ、試作二号機が蒸気を噴き出し、試作三号機がまさかの自爆しかけたあの日々……。だが、それも今となっては笑い話!ついに完璧な試作品が完成したのだ!!
「……また何かやらかさないでくださいよ、先輩。」
振り向くと、商品開発部の後輩が腕を組んで、じとっとした目で私を見つめていた。
「ちょっと! 私が何かやらかしたみたいな言い方しないでよ!」
「しましたよね? というか、常習犯ですよね???」
「いいや、今回は違う!!」
私は力強く試作品を抱え直した。
「これこそ、真の完成形! この圧力鍋が正式に採用されれば、家庭料理は革命的に進化する!」
「いや、それはいいんですけど……」
後輩はため息をつきながら、私の手元をちらっと見た。
「……会議室に行く前に、試作品を落とさないでくださいね。」
「大丈夫、大丈夫! しっかり持ってるから!」
「それ、一番フラグ立てるやつです……」
「気のせいだよ!!」
私は勢いよく鍋を抱きしめて、そのまま会議室へ向かって走り出した。
◆◆◆
ーーそう。
私はただ、自信作を胸に抱きしめて会議室へと向かっていただけだ。
商品部の未来を賭けた最新家電――万能調理機能付き電気圧力鍋という革命的プロダクトが、静かに私の腕の中で輝いている。
シンプルながらも洗練されたフォルム、ボタンひとつで煮込み料理から焼き料理、蒸し物まで完璧にこなす多機能性。何より、その美しい銀と黒のボディは、どこか高級外車を思わせるほどの気品すら感じさせる。
「完璧……!今度こそ成功させるぞ……待っていろ夏のボーナス査定!!!」
私は圧力鍋を抱きしめたまま、会議室の扉の前で深呼吸する。今日はこの自信作のプレゼンだ。今度こそ上司たちを感動させ、特許申請を通し、大量生産への道を開く。私の手の中には、間違いなく未来が詰まっている。
ところが。
ドアノブに手をかけた瞬間、私の足元は、カーペットではなく水を踏んでいた。
「……え?」
靴が、冷たい。パンプスが沈む感触がする。反射的に視線を落とすと、スーツの裾が波に濡れていた。波?
視界を上げる。
会議室のはずの扉は、そこにはなかった。代わりに、広がっていたのは、どこまでも続く海だった。
「は?」
思わず間抜けな声が漏れた。会議室の天井はどこへ? 蛍光灯の光は? あのくすんだカーペットは? 替わりに、どこまでも続く青い空と果てしない水平線、足元に寄せては返す波。潮の香りと、潮風に混じるかすかな魚の匂いまで漂ってくる。
「え……え……?」
何がどうなっているのか、全くわからない。だって、さっきまで私はオフィスの廊下を歩いていたはずで――
腕の中に抱えた電気圧力鍋だけが、唯一、変わらずそこにあった。
「またこの展開かーーーーーーーーー!!!」
私は思わず叫んだ。
青い空。広がる水平線。足元を濡らす波。会議室の前だったはずが、気がつけば見渡す限りの海と砂浜に立っている。いやいや、こういうの、一度経験したからもう慣れてると思ったけど、やっぱり慣れない!!
今回は何? 海? 私、何か悪いことした? 電気圧力鍋を開発しただけで、どうしてこうなるの!?
ふと、私は足元の水面を覗き込んだ。
水面に映るのは、燃えるような赤い髪を持つ美女だった。長く、風になびくような鮮やかな髪。陽光を浴びてきらめく琥珀色の瞳。端正な顔立ちに、ほんのり焼けた肌。
まじまじと自分の顔を触る。頬をつつく。口を開けてみる。水面の中の美人も、まったく同じ動きをしている。
「……今度はこの人と入れ替わったのか…」
ため息をついていると、不意に背後から声が飛んできた。
「お嬢! こんなところにいたんですか!」
「探しましたよ!」
振り向くと、何人もの男たちが、砂浜の向こうからずんずんと歩いてくる。日焼けした逞しい腕。海風になびく粗雑なシャツ。腰には銃や短剣。ドクロマークの入ったバンダナ。どう見ても、海賊。
「お嬢! こんなところでのんびりしてる場合じゃありませんぜ!」
「海軍の野郎どもが、俺たちの海賊レストランを潰そうとしてやがるんです!」
「お嬢の絶品料理で、あいつらの度肝を抜いてやりましょう!!」
海賊たちは口々に叫び、興奮気味に私を取り囲んだ。
……海賊レストラン?
なにそれ、そんなのあるの? 略奪もするけど、厨房も回してるみたいな? それとも、同業者向けに料理を提供する海賊団?
「いやいや、無理無理無理!! 私、料理人じゃないから!!」
思わず手を振る。だって私は、商品開発部の人間であって、レストランの料理長ではない。圧力鍋の開発はしたけど、別に自分でプロの料理を作れるわけじゃ――
……待てよ?
私はふと、あることに気づいた。
海賊=お宝
海賊たちは、金貨や財宝を隠し持っているはず。となれば、この「海賊レストラン危機問題」を解決したら、この身体の美女や海賊たちから報酬として金貨や宝石をもらえるのでは……? いや、むしろもらうべきなのでは……!?
私は彼らを見回す。
どの男も、それなりにいい装備をしている。粗雑そうに見えて、ベルトに吊るされた革袋はずっしりと重そうだし、腕に嵌められた指輪や首のペンダントも、なかなかの代物。つまり、こいつら、確実に持っている。
やるしかない!!!(即決)
私は咳払いをひとつし、改めて彼らを見渡した。
「――いいでしょう。私が料理するわ!!!」
「おおっ!! さすがお嬢!!」
海賊たちが歓声を上げる。
「海軍の奴ら、きっとお嬢の料理を食べた瞬間、涙を流してひれ伏しますぜ!!」
彼らは私を引っ張るようにして、砂浜を歩き出した。
――まあ、何とかなるでしょ。
だって、電気圧力鍋があるし。
そう、私の腕にしっかり抱えられているこの最新鋭のキッチン家電があれば、大抵の料理は問題なく作れるはず。
レシピだって、内蔵メモリに保存されている。ボタンひとつで煮込み料理も、スープも、肉の塊もほろほろに仕上げられる! しかも圧力調理だから、時間も短縮! これはもう、勝ち確では?
「お嬢! さっさと船に戻りましょうぜ!」
「海軍の野郎どもを、うまい飯で黙らせてやりましょう!!」
私は気楽に頷きながら、頭の中で算段を立てる。海軍ってことは、きっと格式のある料理が好きなんじゃない? ビーフシチューとか、ローストチキンとか、魚のムニエルとか? 圧力鍋があれば、どれも簡単に作れる! これはもう、楽勝!!
◆◆◆
――そう、この時の私は、気づいていなかった。
まず、私は料理ができない。
自慢じゃないけど、レシピを見ながらでも、普通に焦がすし、味付けが壊滅的だし、そもそも目分量の感覚が人間のものではないと家族から言われたことがある。圧力鍋があれば料理が作れる? そんなことはない。機械がどうにかしてくれるとしても、そもそも私の腕がどうにもならない。
次に、私は乗り物酔いをする。
バスや電車ですら酔う体質なのに、海賊船でまともに立っていられるのか? いや、無理でしょ。波に揺られながら料理とか、それこそ地獄では? 調理台に立つどころか、鍋を抱えたまま甲板でうずくまるしかない。
そして、海は広い。
陸地なら、どこかに逃げ場がある。だけど、海の上にそんなものはない。食材がない、調味料がない、火種がない――なんてことになったら、どうしろというのか? 陸ならお金を払えば何とかなるけど、ここは大海原だ。買い物ができない。
何より、貧乏な海賊もいる。
さっき「海賊=お宝」とか安易な発想をしてしまったけど、海賊だってピンキリだ。船団を持っていたり、国から支援を受ける海賊もいれば、貧乏暇なしの海賊だっている。そして、この一味はどうやら後者らしいと後に判明する。
「お嬢! 早く船に乗ってくだせぇ!!」
「ひゃっほう!これから海賊レストラン大復活祭だぜ!!」
私は静かに微笑んだ。
――最大の問題。
電気がないと、電気圧力鍋はただの金属の塊だということに、まだ気づいていなかった。
◆◆◆
私は今、海賊船の甲板にいる。
ボロボロの木製の手すりに手をかけ、ゆっくりと海を眺める。船は思ったよりも古く、ところどころ傷んだ木材が軋んでいた。錆びた鉄の鎖が、風に揺れて微かに鳴る。
そして、目の前に広がるのは――透き通るほどに青い海。
深い群青から、陽光に照らされるたびに淡いエメラルドグリーンへと変わる。白い波がきらめき、船の軌跡を刻んでいく。波間をすべるように跳ねる魚の影が見えた。潮風が心地よく頬を撫で、空気には磯の香りが混じっている。
「……綺麗。」
思わず、そう呟いた。
これが、私の知っている海とは違うことは、なんとなくわかる。現実の海は、もっと荒々しく、どこか寂しさを含んでいる。それに比べて、ここはまるで――夢の中の海みたいだ。
この海のどこかで、私はまた振り回されるんだろうな。
きっとまた、予想外のことが起こる。私の知らない誰かが現れ、面倒ごとが降りかかり、私は「なんでこうなるの!?」と叫ぶ羽目になる。
だけど、不思議と心は落ち着いていた。
「お嬢、風が気持ちいいっすね!」
海賊の一人が楽しげに笑う。
「そろそろ海軍の野郎どもが来ますぜ! お嬢の腕前、見せてやりましょう!」
「あー……はいはい、期待しないで待ってて。」
適当に返事をしながら、私はもう一度、海を見つめた。
どうせニ度目の異世界転生だ。
だったら、少しくらい楽しんでやるのも悪くないかもしれない。
――最後の最後に、私は、大事なことを忘れていた。
二度あることは、三度ある。
という恐ろしい諺を。
〈完〉




