異世界転生した私のその後の話
「ううっ……終わらない……終わらない……終わる気がしない……!」
私はデスクに突っ伏した。いや、正確には両手で頭を抱えながら、じわじわと現実に追い詰められていた。目の前のモニターには「試作品の紛失および発見不能に関する始末書」と書かれたファイルが開かれている。
書類の締め切りは、あと数時間後。なのに、なのに……!
「そもそも、『異世界に飛ばされました』なんて書けるわけないでしょうがぁぁ!!!」
机をばんばんと叩く。疲れ切った魂の叫びがオフィスの静寂にむなしく響いた。
「……先輩が試作品を無くした上に、開き直るからですよ。」
冷静な声が返ってきた。
振り向くと、商品開発部の後輩が、コーヒー片手にため息をついていた。長めの前髪を片手でかき上げながら、私をじとっとした目で見つめている。
「いやいや、無くしたわけじゃないんだよ!?未来ある若者に託したんだよ!?色々あったんだよ!!!」
「色々、ねえ……」
後輩はコーヒーを一口飲み、こちらに目を細める。
「試作品の自走式ゴミ箱が、突如として異世界転移して戻ってきませんでした……なんて報告書、誰が信じると思ってるんです?」
「それはもう、私も信じてないよ!!!」
叫ぶ私に、後輩はますます呆れた顔をする。
「ちなみに、試作品の行方は?」
後輩があくまで事務的な口調で聞いてくる。私は、机に突っ伏したまま答えた。
「たぶんミレイアの屋敷……だと思う……。きっと、どこかで元気に生きてる……」
「試作品に魂はありませんて。」
「かもしれないけど、そう思わなきゃやってられないの……」
私は目の端に涙を浮かべながら、そっと始末書に視線を落とした。数時間前と、まったく進捗が変わっていないことを確認し、そっと目を閉じる。
「だったら、とっとと書類を書いてください。」
「うぅ……」
私は泣きべそをかきながら、再びモニターと向き合った。
「……今日はもう帰って寝ていい?」
「駄目です。」
後輩の即答が、私の唯一の希望を粉砕した。始末書を書く手が重い。心も重い。……いや、むしろ、私の人生そのものが重い。
それでも書かなければならない。書かないと、帰れない。ああ、もう、異世界に戻りたい……!!!
「現実って、つらい……!!」
涙目になりながら、私はキーボードを叩き始めた。
花粉症のせいか最近くしゃみも止まらないし、人生とは、どうしてこうも理不尽なことだらけなのだろう……。
◆◆◆
ミレイア、あなたは元気でやっていますか?
こちらは相変わらず、仕事と報告書と始末書に追われる毎日です。
異世界から戻ってきた時は、久しぶりの文明の便利さに少しだけ感動したけれど、それも束の間。山のような書類と、減給の危機に日々追い詰められ、結局「異世界のほうがまだマシだったかもしれない」なんて、何度も思いながら仕事をしています。
あなたはどうですか? ちゃんとご飯を食べていますか? あの屋敷で、エリオットや皆と仲良く、穏やかに過ごせているのでしょうか。私はこの世界に戻って、以前と何も変わらない日常を送っているけれど、それでもふとした瞬間に、あなたのことを思い出すことがあります。あの時、あなたが抱えていた傷や苦しみが、少しでも癒えていればいいのだけれど。
そういえば、あのゴミ箱ですが、サイズを小さくして据え置き型に変更となりました。
それだけじゃなく、中に入ったゴミを感知して、生存確認ができる機能もつけました。電気ポットで似たような商品があるので、パクリ……じゃなくて参考にしたんだけど、意外にも評判がよくて、ちょっとした話題になりました。一人暮らしの女性や、高齢者向けに売れたと聞いたときは、自分でも驚いてしまいました。
そのゴミ箱の名前をどうするか考えて、たくさんの候補があったんだけれど、結局「ミレイア」と名付けました。
スペイン語で「称賛する」という意味があるそうです。あなたにぴったりの言葉だと思ったし、それに、あなたのことを忘れないためにも、この名前にしたかった。勝手に使ってしまってごめんね。嫌だったら、こっそり文句を言ってくれてもいいから。
色々あったけれど、私はあなたを忘れません。
たったひとつの出来事だったかもしれないけれど、私にとって、あの時間は確かに特別なものでした。きっとこれからも、何かの拍子にあなたを思い出すと思います。
またいつか、どこかで会えたらいいな。
私たちが幸せでありますように。
お互いに笑っていられますように。




