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最後の役者は静かに舞台の端へ

道が開けた。


見覚えのある場所だった。

ここは、私が最初に転移した場所。


見上げれば、濃い木々が天を覆い尽くし、地面は湿った土と絡み合う木の根が無造作に広がっている。どこを見ても同じ景色で、まるで世界がここで終わっているかのような錯覚に陥った。


柔らかく沈む土の感触。空気に漂う湿った緑の匂い。あの時と同じだ。目を開けると、私はここにいた。そう、ここが始まりだった。


側には、私の相棒である自走式ゴミ箱が静かに佇んでいる。傷ついたその銀色のボディを撫でると、指先にかすかに冷たさが伝わる。そう、私はここまで、このゴミ箱とともに歩いてきたのだ。


「……待って!」


風の中に切実な声が響いた。


木々のざわめきに紛れることなく、真っ直ぐに私を追いかけてきた声。


振り返ると、ミレイアとエリオットがいた。二人とも息を切らしながら、迷いの森の中を駆け抜けてきたのだろう。


「やはり、お見送りをさせてください!」


そう言うミレイアの顔は、朝見た時よりも穏やかだった。だが、その奥に、何か決定的な感情が沈んでいることに、私は気づいていた。


迷いの森の木々が、私たちを取り囲むようにそびえ立っている。湿った土の香りが漂うその空気の中で、ミレイアは静かに語り始めた。


「……最初、私がこの森に来たのは、自分の命を捨てるためでした。」


言葉が重く、森の静寂に落ちた。


エリオットが僅かに身じろぐ。

私もまた言葉を失う。


ミレイアは俯きながら続けた。


「ジュリアに言われたんです。私はいらない人間だって。ゴミだって……価値のない、ただそこにいるだけの邪魔者だって。」


風が、木々の間を通り抜ける。


「最初は、そんなの嘘だって思いました。でも……次第に、そう考えるようになってしまったんです。…本当に、弱くて偽善者の私は、いらない人間なのかもしれないって。」


ミレイアの指が、無意識に胸元のブローチを握る。


「そう思ったら……どこにも行き場がなくなりました。」


迷いの森。


迷い込んだ人間が二度と戻れないと言われる、死を招く場所。彼女はそこに、自分の最後の居場所を求めたのだ。


「この森は、とても静かでした。誰も私を必要としないのなら……このまま、ここで消えてしまってもいいんじゃないかって。」


エリオットは拳を握りしめていた。怒りか、悲しみか、それとも両方か。


「でも……あなたが、来てくれました。」


ミレイアの目が私を真っ直ぐに捉えた。


「……改めて、お礼を言わせてください。」


彼女は真剣な眼差しで私を見つめる。その瞳には深い感謝と決意の光が宿っていた。こんな風に、しっかりと私の目を見て言葉を紡ぐようになったのは、きっと彼女自身の成長でもあるのだろう。


「私を助けてくれて、ありがとう……」


言葉を詰まらせるミレイアに、私は肩をすくめて笑ってみせた。


「お礼なんていいよ!」


あまりにもあっさりした私の言葉に、ミレイアが驚いたように瞬きをする。私はゴミ箱をぽん、と軽く叩きながら続けた。


「私はただ、自分と、このゴミ箱のために戦っただけだから。」


それは本当のことだった。


この異世界に来て、私はただ生き延びるために戦った。

私を傷つけようとした人間から、自分を守るために戦った。そして――私の作ったこのゴミ箱を、最後まで守りたかった。


それが結果的にミレイアを助けたことになったのなら、それはただの偶然だ。でも、それで彼女が救われたのなら、それでいい。


「……それでも、あなたに感謝しています。」


ミレイアの声は、今度ははっきりとしていた。彼女の小さな手が、そっと私の袖を掴む。その温もりが、森の冷たい空気の中で確かに伝わってくる。


私は目を細め、静かに彼女の手を撫でるように握り返した。


「じゃあ、そういうことにしておこうかな!」


ミレイアは微笑んだ。どこか晴れやかなその表情を見て、私はふっと息をついた。私の役目は、もうすぐ終わるのかもしれない。

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