悪いのはゴミのほう
「ジュリア!」
その声が響いたのは、ジュリアが埃と落ち葉にまみれた状態でゴミ箱の中から這い出てきた直後だった。声の主は元婚約者――例の整った顔の男性だ。彼は私の視界に入るなりゴミ箱のそばに駆け寄り、何も言わずに蓋を叩き始めた。
叩いた。叩いたのだ、私のゴミ箱を!
その瞬間、私の中で何かが静かに切り替わった。
「ちょっと!!!」
私は彼の腕を掴んで止めた。その力強さに驚いたのか、彼がこちらを振り返る。
「何してんのよ!!!」
声に混じる冷たさを自分でも感じた。だが、それを止める気はさらさらない。
「何をしているはこちらの台詞だ!そのゴミ箱が悪い!ジュリアを吸い込んだんだぞ!!」
彼は吐き捨てるように叫んだ。まるで、ゴミ箱が悪いと断定したような口ぶりだ。いや、ゴミ箱が悪い?そんなことはない。むしろゴミ箱が正しいのだ。
「何も分かってないのはそっちでしょ!」
私は彼を睨みつけた。
「ゴミ箱は悪くない。そもそも、叩くなんてあり得ない。自走式ゴミ箱は完璧な設計なのよ。収納だって吸引力だって最高なの。何かあったとしたら、それはゴミのほうに問題があるってこと。」
「え、えぇー……」
彼は一瞬だけ口を開きかけたが、そのまま押し黙った。いや、黙らせたのだ、私が。
その時だ。
「ピッ!」
軽快な電子音とともに、ゴミ箱が再び動き始めた。いや、正確には「滑るように彼の足元へ近づいた」と言うべきだろう。
「な、何だ?」
彼が戸惑う声を上げた瞬間、ゴミ箱の蓋が静かに開いた。そして次の瞬間――
「ちょっと待て!おい、何を――!」
彼の声は吸引音にかき消された。
私の目の前で、元婚約者がゴミ箱に吸い込まれていく。いや、もはや芸術的とも言えるスムーズさだ。足元から始まり、腕、肩、そして顔が投入口に吸い込まれ、蓋が「パタン」と閉じる音が響く頃には、彼の姿は跡形もなかった。
「……。」
私はしばらく言葉を失っていた。
しかし、ゴミ箱の輝く銀のボディを見ると、不思議と怒りや混乱は湧いてこなかった。それどころか、むしろその完璧な収納力に少し感動すら覚える。
「レ、レオン……?」
ジュリアが弱々しく呟き、ゴミ箱の蓋をゆっくりと開ける。その中にいるのは、落ち葉と埃にまみれ、目を回した元婚約者だ。
「……。」
数秒の沈黙。
「……わ、私、帰りますわ!」
ジュリアはそう叫ぶなり、全速力で駆け出した。スカートの裾を掴み、落ち葉と埃を振りまきながら、屋敷の外へと逃げていく。その後ろ姿は、さっきまでの高飛車な態度をまるで裏切るような必死さだった。
私はゴミ箱を見つめ、そっとそのボディに触れる。
「大丈夫?」
軽く撫でると、ゴミ箱は「ピッ」と音を返してくる。それだけで安心した。
私は静かに微笑みながら呟く。
「変なゴミ吸わせちゃってごめんね。ありがとう。」