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世界は呪いで満ちている

――ふと、自分が光に包まれているのを感じた。


あまりにも眩しく、あまりにも暖かく、まるで世界そのものが祝福を送っているかのような光。頬を撫でる風さえも柔らかく、光の粒が揺らめきながら降り注いでいた。


私は思わず目を細める。ふと、指先に違和感を覚えた。


……何かが違う。


いや、違うのではなく、戻ったのだ。


そっと手を開く。見慣れた手のひら、丸みを帯びた指の形、しっくりくる関節の動き。腕を持ち上げれば、自然と馴染む重量感。視線を落とせば、靴に収まる足も、背丈のバランスも、すべてが馴染み深い。


――間違いない。


「……おおっ?」


思わず声が漏れた。何度も指を握っては開き、改めて腕を回してみる。すると、しっかりとした実感が湧き上がってきた。


私は、私に戻ったのだ。


安堵と嬉しさに息をつき、試しにくるりとその場で回転してみる。スカートの裾がふわりと広がる。うん、いい感じ。軽やかさが全然違う。


「ミレイア様!」


誰かの驚く声が聞こえた。


見ると、さっきまで私の体だったミレイアが、呆然としたように自分の手を見つめていた。彼女はそっと胸に手を当て、震えるまつ毛を伏せながら、静かに息を吸い込む。


「戻ったんですね……」


ぽつりと零れたその言葉には、驚きと安堵と、言葉にしきれないほどの感情が詰まっていた。


そして私は――


「いや~やっぱり自分の体が一番!」


ぐぐっと背伸びをする。肩がきちんと自分の肩幅に収まる感覚、手足のしっくりくる長さ、そして何よりも――


可愛い!!!(確信)


この親しみやすいフォルム!愛くるしいシルエット!どんぐりのような瞳!


「うんうん、やっぱり元の姿が落ち着くな!」


再びくるっと回ってみる。髪がふわりと舞う感覚すら心地いい。やっぱりこの体が最高だ。


一方、周囲はといえば、まだこの事態に追いついていないらしい。驚きと感嘆の声がそこかしこから上がっていた。


「な、なぜ……?」

「どうして元に戻ったのです?」


ふふん、と私は得意げに人差し指を立ててみせる。


「うちの世界では、キスで呪いが解けるんだよ!」


「……キス?」


「そう!これはもうお約束だね!二人が愛を誓ってキスをしたことで、入れ違いの呪いも解けて、体も元通り!めでたしめでたし!」


ぴっと親指を立て、満面の笑みで宣言する。


「完全勝利!これにてハッピーエンド!」


私の言葉とともに、大広間には祝福の拍手が響いた。エリオットとミレイアは照れくさそうに視線を交わし、それでも互いに微笑み合っている。


……うん、いい。実にいい。これぞハッピーエンドの醍醐味。


私は改めてぐぐっと背伸びをし、満足げに息をついた。


やっぱり、私は私が一番だ。


◆◆◆


――世界は呪いに満ちている。


そう思ったのは、いつからだっただろう。


誰かが誰かを傷つける。

悪意が生まれ、それがまた次の悪意を生む。

意図せずに放たれた言葉が、人の心を蝕んでいく。

まるでそれが当たり前のように、世界は回っている。


虐められる人がいる。

陰口を言われる人がいる。

理由もなく嫌われ、否定され、居場所を奪われる人がいる。


立場、外見、性格、性別、出自――たったそれだけのことで、人は呪われる。


何かを持っているから呪われる。

何も持っていないから呪われる。

ただそこにいるだけで、呪いの標的となる。


――生まれた瞬間から、誰かに、何かに呪われている。


ならば、呪いとは、世界そのものなのではないか。


もしそうだとしたら。

もし、この世界がただ呪いを降らせるだけの場所なのだとしたら――

どうして、私たちはそれでも生き続けるのだろう。


それは、たぶん。


この世界には、呪いと同じくらい、祝福も満ちているからだ。


誰かの悪意が呪いとなるのなら、

誰かの優しさが祝福になることもあるはずだ。


誰かの言葉が刃となるのなら、

誰かの言葉が救いとなることもあるはずだ。


誰かが手を差し伸べるだけで、

誰かがただ「ここにいていい」と言ってくれるだけで、呪いに沈んでいた心が救われることがある。


呪いは人がかけるものだ。

ならば、呪いを解くのも人の力だ。


けれど、もし。

どれだけ手を伸ばしても、どこにも救いがなかったら?

どれだけ声を上げても、誰にも届かなかったら?


その時は――


自分で自分を救えばいい。


誰も迎えに来てくれないなら、自分の足で歩けばいい。

誰も肯定してくれないなら、自分が自分を肯定すればいい。

誰も助けてくれないなら、自分が自分の味方になればいい。


私はそれを知っている。


だから、今ここにいて、何とか歩き続けているのかもしれない。


世界は呪いに満ちている。


だけどそれだけじゃない。

この手で、救いを掴むことだってできる。


誰にも邪魔されない、誰にも壊されない、自分の幸せを。


だから私は――

私の人生を、私自身の手で選ぶ。

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