ゴミ箱の名誉を守る戦い
「…ひどーい!レオン様聞きました?これがミレイア様の本性なんですよ!昔からこういう方だったんです!」
ジュリアの声は、とにかく不愉快だった。耳障りで、心にじわりと小さな苛立ちを生じさせる。それでも、私はじっと耐えた。耐えることには慣れている。
私は、自分が馬鹿にされることに特に感情を動かされない人間だ。馬鹿にされるたびに怒っていたら、それだけで日常生活が成り立たない。開発部で無理難題を押し付けられたときも、得意先から理不尽なクレームを受けたときも、私はただ「はい」と答えてやり過ごしてきた。
だから、ジュリアの「暗い」とか「鬱陶しい」とかの言葉も、正直どうでもよかった。それは、彼女が私の人格をどう評価しようと、私が今日の夕飯に何を食べるかには一切関係がないからだ。
でも。
「それにしても、その変な……ゴミ箱でしたっけ?うふふ、いらないもの同士お似合いじゃないですか!」
その瞬間、私は無意識に拳を握りしめていた。
ジュリアが私をどう思おうと構わない。でも、自走式ゴミ箱の悪口だけは許せない。それは、私がこの手で仕様書を作り、工場で改良を重ね、試行錯誤の末に完成させたものだ。何より、ここまで異世界(仮)で唯一私に寄り添い続けてくれた、大切な存在だ。
「……ゴミ箱を馬鹿にしないで。」
その一言に、私の感情のすべてが詰まっていた。ジュリアはそんな私の様子に少しだけ驚いたような顔をしたが、それもほんの一瞬だった。すぐに薄笑いを浮かべ、口の端を歪める。
「まあ!必死になって…。それとも、他人に相手にされないからって、本当にそんなゴミ箱とよろしくやっていくつもり?…お可哀想に、良い縁談をお義父さまに紹介して頂きましょうか?」
――ああ、もう。
私は呆れると同時に、静かに怒りが燃え上がるのを感じた。けれど、それよりも早く反応したのは、私の大切なゴミ箱だった。
「ピッ!」
軽快な電子音とともに、ゴミ箱が動いた。いや、正確には「突進した」と言うべきだった。ジュリアの方へツルリと滑るように走るその姿に、私は目を見開いた。
「えっ?」
ジュリアの驚いた声が響く。次の瞬間、ゴミ箱の蓋が静かに、そして堂々と開いた。そして――
「えええっ!?ちょっと、何を――!」
ジュリアは吸い込まれた。
いや、本当に。
自走式ゴミ箱は、その完璧な設計に従い、大きなゴミに対しては蓋を開けて中に収納する。ジュリアも例外ではなかった。派手なドレスも、嫌味な厚化粧の顔も、すべてがスムーズにゴミ箱の中へと収まった。
「……え?」
私が声を漏らす頃には、ジュリアは完全に消えていた。ゴミ箱の蓋は静かに閉じられ、何事もなかったかのように再び静止している。その堂々とした佇まいに、私は思わず唖然としてしまった。
「ミ、ミ、ミレイア……」
隣で元婚約者が声を絞り出している。彼の驚きと混乱が伝わってきたが、私自身も同じだった。
「ちょっと待って、これ……」
慌ててゴミ箱の蓋を開けると、中にはジュリアがいた。彼女は狭い内部で落ち葉や埃や紙屑にまみれながら、目を回している。ドレスはくしゃくしゃ、顔には薄っすらと埃がついていて、その光景が妙に滑稽だった。
「出して……よ……」
ジュリアが弱々しく言う。私は思わず言葉を失ったが、すぐに慌てて叫んだ。
「ちょっと!早く出て!変なゴミ吸ったら、私の大事なゴミ箱が壊れちゃうでしょ!」
「……ゴミ?」
ジュリアがかすれた声で反応するが、私は完全にゴミ箱のことしか考えていなかった。
「大丈夫?傷ついてない?これ、異世界で唯一の大切な相棒なんだから!」
ゴミ箱は静かに「ピッ」と音を返してきた。その音に少しだけ安堵しながら、私は内心で決意する。このゴミ箱を誰にも馬鹿にさせないと。ジュリアだろうが、元婚約者だろうが、絶対にだ。