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エリオットの決意とゴミ箱

ただ、深く重い沈黙。


大理石の床は冷たく光を帯び、壁にかかった豪奢なシャンデリアは、静止した時間を嘲笑うかのように煌めいている。無数の視線が、たった一人に注がれていた。


エリオット・ロシュフォール。

彼の肩が、微かに震えている。


それは、決してあってはならないはずの涙だった。


エリオットが泣く――そんな光景を、私は想像したことすらなかった。彼は常に騎士として凛然とし、誰よりも冷静で、忠誠と誇りを持つ男性だった。けれど今の彼は、まるで迷子の子供のように声を殺して肩を震わせている。


「……私は…ミレイア様を守れなかった…」


掠れた声が広間に落ちる。


誰も言葉を挟まない。いや、挟めなかったのだろう。彼の胸に沈む痛みが、誰もが容易に口を出せないほど重いものだったから。


エリオットの指は震えていた。

拳を固く握りしめ、それでも耐えきれず、やがて両手で顔を覆う。涙が零れ落ちる音など聞こえはしないのに、確かに彼の心が崩れ落ちる瞬間が、この場にいる全員に伝わった。


「……彼女を……愛していたのに……」


誰もが気の毒そうに彼を見つめる。

忠誠を超えた愛。見てはいけないものを見てしまったような、けれども目を逸らしてしまうこともできない。そんな、いたたまれなさと同情に満ちた視線だった。


ミレイアとエリオット――

二人は間違いなく想い合っていた。それなのに、身分が、立場が、それを許さなかった。


世界はなんて残酷なのだろう。

どれだけ強く想い合ったとしても、身分の違いはそれを容易に引き裂く。

二人の間にあったのは、ほんの一歩の距離のはずだったのに――それは、この世界にとって、埋めようのない深い深い溝だったのだ。


「――ねえ、エリオット。もしミレイアが日本にいるとしたら、どうする?」


私の言葉に、大広間の空気がぴんと張り詰める。


「私がここにいるのなら、ミレイアは私のいた世界にいるかも知れない。」


言葉にしてみると、それは妙に現実感を帯びていた。


理屈は分からない。だけど、こんなにも鮮明に異世界に転生したのだから、その逆が起こっていたとしても、何ら不思議はないのではないか。もし、この一つの仮説が正しいのだとしたら――ミレイアは、私の世界にいる可能性がある。


日本に。


コンビニが立ち並び、フランチャイズの飲食店は美味しくて、動物園に可愛い虎の赤ちゃんが産まれただけでニュースになって、残業が常態化している、あの国に。


私はゆっくりとエリオットを見た。


彼は、私の言葉を真剣に受け止めているようだった。迷いのないまっすぐな瞳。自分の弱さを曝け出した後とは思えないほど、彼の目には決意が満ちていた。


「エリオット。」


私は一歩、彼に近づく。


「もし、ミレイアが日本にいるとしても、日本は想像以上に広いわ。」


エリオットは微動だにせず、私の言葉を待っている。


「彼女がどこにいるのか、何をしているのか、私たちにはわからない。もしかしたら、あなたが一生かけても見つけられないかもしれない。どれだけ探しても、もう二度と巡り会えないかもしれない。それでも、行く気はある?」


エリオットは、ほんの一瞬目を伏せた。そして、次の瞬間には真っ直ぐに私を見て頷く。


私はもう一度確認する。


「そもそも日本に居るとは限らない。森の中で消滅してしまったかも知れないし、この世界の何処かで彷徨っているのかも知れない。何十年も経って、あなたがお爺さんになっても会えないかもよ?」


あてもなく、ただ探し続ける人生になるかもしれない。途方もない時間がかかるかもしれない。それでも、彼は――。


「構いません。」


エリオットの声は静かだった。


だけどその静けさの中に、彼のすべてが詰まっていた。


「私はミレイア様を探します。――日本も、迷いの森も、この世界の果てだろうと関係ありません。必ず彼女を迎えに行きます!」


私は自然と微笑んでいた。

そんなにも一人の女性を愛しているのか。これほどの決意を、迷いなく言えるほどに。


私は目を逸らせなくなった。エリオットの目に映るのは、私ではない。私がいる世界ではなく彼の視線の先には、ただ一人、ミレイアがいる。


――そこまで言われたら、最後まで力を貸さなきゃね!


「その言葉が聞きたかったのよ――」


私は背筋を伸ばし大きく息を吸い込む。

そして、手を伸ばした。目の前にあるのは、光沢のある銀色のボディ。


まだ名前のない自走式ゴミ箱。

私の相棒で――異世界と現実を繋ぐ…鍵!


「任せて、私がミレイアを迎えに行くわ!さあ、ありったけのロープを持って来て!」

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