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断罪劇の終幕、そして私は

ゴミ箱から引きずり出されたジュリアは、見る影もなかった。乱れた髪。破れたドレス。高貴な装いも、品位も、もはやどこにもない。


「離しなさいよおおおおおお!!!」


絶叫する彼女を、役人たちは無言で拘束する。縄を固く結ばれ引きずられる姿は、まるで――そう、舞台の幕から引きずり降ろされた三文役者のようだった。


「……お嬢様!」


声をかけられた瞬間、私は現実に引き戻された。驚くほど近くにエリオットの顔がある。


「……!」


息を切らしながら、彼は私の肩を掴んでいた。


震えている。


普段は冷静で、どんな局面でも表情を崩さない彼が、今は明らかに取り乱していた。


「申し訳ありません…っ!お怪我は、お怪我は……ありませんか……?」


掠れた声に、私は瞬きする。


……そうか。彼は、ミレイアのことを本気で心配しているのだ。


「大丈夫よ。」


私は微笑んだ。

少なくとも、今はまだ。


「本当に……?」


エリオットの目尻には、薄く涙が滲んでいた。


――ああ。


彼はどれだけ心をすり減らしながら、ミレイアを守ろうとしていたのか。ブランフォード家の混乱を収めるために、どれだけの緊張を抱えながらここに立ち続けていたのか。


「……本当に、大丈夫よ。」


それでも、エリオットの指先は微かに震えている。

――心配性なのは相変わらずね。

そんなことを思いながら、私は彼の手をそっと取った。その手のひらは、ひどく冷たかった。


「…大丈夫、あなたがいてくれたから、『私』は無事だった。」


それがどれほどの慰めになったかは分からない。だけど、彼は深く息を吐き、僅かに頷いた。


「……よかった…」


それだけ言って、彼はようやく手を離した。


大広間の空気が少しずつ緩んでいく。

貴族たちの間からも、安堵の声が漏れ始めた。


――でも。


私はその中に、自分の居場所を見つけることができなかった。


「…………」


外の風が、ほんの少しだけ流れ込んでくる。それはきっとどこかの扉が開いたせいだろう。けれども私には、この沈黙を破るために訪れたように感じられた。


この風は私の背中を押しているのだろうか。

それとも、もう十分だと囁いているのか。


「……私は、ミレイアではないわ。」


静かな、静かな声だった。


だけどその言葉は隅々まで響き渡った。


「……え?」


誰かが小さく息を呑む音が聞こえた。

エリオットが、驚いたように私を見つめる。


「お嬢様……今、なんと……?」


私はそっと目を閉じ、深く息を吸い込む。


「私は、ミレイア・ブランフォードではありません。」


戸惑いと驚きが、さざ波のように広がっていく。


これは、最後の機会だ。

ここで言わなければ、もう二度と口にできなくなる。


――私は、私だ。


今まで偽り続けてきたけれど、それを口にする時が来た。

ミレイアのものではない記憶を持ち、彼女の生きた人生をなぞりながら、それでも私は「ここにいた」。


それを否定することは、私自身を否定することになる。


沈黙の中、エリオットの手が微かに震えているのが見えた。


さっきまで私の怪我を心配し、泣きそうな顔をしていた彼が、今はただ私の言葉の意味を必死に理解しようとしている。


「……お嬢様………?」


彼がそう言いかけた瞬間、他の貴族たちもようやく思考を取り戻したらしく、ざわめきが広がり始めた。


「どういうこと……?」


「ミレイア様では……ない?」


「じゃあ、一体……?」


自分でも驚くほど冷静だった。

いや、違う。冷静というより、何もかもを超えてしまった感覚。


ここに来てから、ずっと偽り続けたものをようやく吐き出せる――そんな、安堵にも似た解放感がある。


エリオットが僅かに動揺しているのが見えた。彼はきっと、心のどこかで疑問を抱えていたのだろう。私の言葉遣い、態度、そして考え方の違いを――それでも、彼は信じようとしてくれていた。


それなのに、私は最後の最後で、その信頼を打ち砕くのだ。


けれど私は後悔していない。この嘘をこれ以上続けることのほうが、きっと許されないから。


「――私は、この世界での自分の仕事を全うするわ。だからお願い、話を聞いてください!」

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