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ゴミ箱にはゴミだけを

「ああああああああああ!!!!!」


ジュリアの絶叫が、大広間に響き渡った。

それは断罪された者の悲鳴というより、追い詰められた獣の最後の咆哮に近い。


いや、違うか。

彼女はまだ負けを認めていない。


「おいで。」


私は静かに息を吸い込み、手を軽く掲げた。


ピッ。


乾いた電子音が響く。

それに応じるように、床を滑る銀色の影。


――私の相棒、自走式ゴミ箱。


「……っ!」


ジュリアが息を呑む。彼女の視線は私の足元――いや、私の後ろからするすると進み出た銀色のゴミ箱に釘付けになっていた。


それは規則正しい滑らかな動きで、私の傍へと寄り添う。まるで「ご命令を」とでも言いたげに、ぴたりと停止した。


「……どうせ、そのゴミ箱にブローチを吸わせる気でしょう!そうは行かないわ!!!」


彼女は叫ぶなり、握りしめたブローチを高く掲げ、床に叩きつけようとした。そして次の瞬間――


「やめろ!!!」


鋭い大声が背後から響いたかと思うと、ジュリアの腕が容赦なく捻り上げられた。


「っ――!?」


ジュリアの顔が歪む。いや、実際には声すら出せていない。あまりの痛みに、息すら詰まっているのだろう。


「お前はどこまで性根が腐っているんだ!!ジュリア・ロスナー!!!」


激しい怒気を含んだ声。無駄のない動作。そこにいたのは――エリオットだった。

その青い瞳には、滾る怒りが燃えている。


彼が一切の躊躇なくジュリアの腕を極めるその瞬間、別の手が伸びた。


アルフレッドだ。


彼は、ジュリアが必死に握りしめていたブローチを素早く取り上げる。


「な、何するのよ!!!」


ジュリアはもがくが、エリオットに腕をねじ上げられ、身動きが取れない。


アルフレッドは静かにブローチを見つめる。その眼差しには、安堵と、怒りと、そして、深い敬意があった。


「お嬢様、間に合いました!」


大切に、包み込むようにして渡された形見のブローチ。


ひんやりとした感触が指先に馴染む。繊細な細工、刻まれた家紋、母の温もりすら宿るかのような、確かな重み。


ミレイアの大事なものを取り返せた…!

――だが、まだ終わっていない。


私が小さく息を整えた瞬間、大広間の空気が弾けた。


ジュリアが、襲いかかってきたのだ。


「ミレイアァァァァ!!」


――それは、理性の欠片もない獣。


エリオットを無理矢理振り払うやいなや、ジュリアは私に向かって突進してきた。

髪は乱れ、目は血走り、口元は醜く歪んでいる。


「全部……全部あんたのせいよぉぉ!!!」


ああ、そう。

「全部私のせい」ね。


じゃあ、やってみなさい?

その先に何が待っているのか、あなたは知らないでしょう。


ジュリアの爪が伸びる。

狙いは――私の喉。


「……はぁ。」


私は静かに息を吐いた。

――そして、最高の相棒に命令する。


「最後のゴミ掃除よ!最大出力で片付けて!!!」


ピッ――


反応は一瞬だった。


爪が触れる前に、銀色の機体が滑るように動く。空気を切り裂くような疾走音。


「なっ――」


ジュリアの足元が、すくわれた。


「ちょっと待っ――」


吸引開始。


「――――!!???」


大広間に響く、空気の渦巻く音。


ジュリアの悲鳴がかき消されるほどの、強烈な吸引力。


「ま、待ちなさい!離せ!こんなもので!!」


必死に抵抗するジュリア。

だが、彼女の腕が引かれ、腰が浮き、そして――


「――よく考えなさい。ミレイアのブローチを吸わせる訳ないでしょう?このゴミ箱は、ゴミしか吸わないのよ?」


別れの言葉を添える。

それが、私の最後の慈悲だった。


ジュリアは、銀色の機体にずるずると引き込まれ、ついに――


「きゃぁぁぁぁああああああああ!!!!」


――彼女はその叫び声ごと、ゴミ箱の中に吸い込まれていった。


「……。」


目の前に残るのは、私と、整然とした空間だけ。

ゴミ箱はまるで仕事を終えた満足げな猟犬のように、小さく「ピッ」と音を立てる。


私は満足気に頷いた。


――やはりこの子は、私の誇りで傑作だな、と。

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