家族の形、そして
それはまるで長い冬の夜のように、冷え切り、張り詰めたまま動かない。暖炉の火すら消えたような、乾いた静寂。
誰もが口を閉ざし、視線を落とし、ただ一人――膝をついた伯爵だけが、今にも崩れ落ちそうなほど震えていた。
ジュリアの姿は、今はもう視界に入らない。彼女の存在すら霞んでしまうほど、この場にいる誰もが、伯爵の言葉を待っていた。
私はゆっくりと歩み寄る。
彼の顔は蒼白で、唇も震えていた。手は拳を握りしめているが、それでも止まらぬ震えが、その心の揺らぎを如実に物語っている。
「……伯爵。」
私が呼びかけると、彼はかすかに顔を上げた。
「あなたにとって、本当に大切なものは何ですか?」
私は視線を夫人へと向けた。そこにいるのは、貴族の妻として気高く生きてきた女性――そして、夫の言葉に傷つき、涙をこぼしている一人の女性だった。
「夫人の涙を見てもまだわかりませんか。貴方の隣で家族を守ろうとした人を、どうして傷つけてしまったのですか?」
伯爵は震える手で額を押さえる。
「甘い言葉を囁く人間より、共に生きてきた家族が、大切な人と歳を重ねる方が――何よりも価値のあることなのではないでしょうか。」
彼は深く頭を垂れた。
「…私は……一体何をしていたのだ…」
その言葉に、夫人の瞳が潤む。
「……カミーラ、お前がこの屋敷に嫁いできた日のことを覚えている……。不安そうにしながらも、私のために精一杯の笑顔を見せてくれた……」
彼女は何も言わなかった。ただ、その瞳には深い痛みが滲んでいる。
「ミレイア嬢の言う通りだ。お前が私の妻となり、共に歳を重ねていくことが、どれほど幸せなことだったのか――どうして、私はそれを忘れてしまったのだろう。」
彼は拳を握りしめ、強く唇を噛んだ。
悔いのにじむ声が大広間の静寂に沈む。
「……私のせいで、お前を、家族を苦しめた。どれほど私の言葉で傷ついたのか、今になってようやくわかった…。私は……本当に、愚か者だ……」
「お父様……」
令嬢が、かすかに声を漏らす。
「子供たちを守るはずの父として、最もしてはならないことをした…お前たちの話を聞かず、妻を侮辱して悲しませた…本当に……すまなかった……!!」
床に額がつくほど深く頭を下げ、伯爵は謝罪した。
令嬢が涙を浮かべ、令息が静かに頷く。
「ジュリアの言葉があったとはいえ、全ては私の卑しい下心が原因だ。お前を、子供たちを傷つけ、本当に、本当にすまない……!」
伯爵は、夫人へと歩み寄ると、膝をついたまま再び深く頭を下げた。
夫人の目から再び涙が零れ落ちる。
しかし、今度のそれは――先ほどまでの悲しみとは、少し違っていた。
伯爵はようやく過ちを認めた。
そして、今、彼は変わろうとしている。
「……ジュリア。」
伯爵は、ジュリアへとゆっくり視線を向けた。そこにいるのは、もはや「可哀想な義理の娘」ではない。
「私は……もう騙されない。」
ジュリアの背筋が凍りついたように強張る。
「君は私を利用し、ミレイア嬢や家族を貶め、己の利益のために嘘を吐いた。」
「ち、違っ――」
「そして、私は愚かにも、君の言葉を信じた。――だが、もう終わりだ。」
静かな、確固たる決意。
「……お前との養子縁組は、ここで終わりだ。」
私はその光景を静かに見つめながら、そっと目を閉じた。
彼女の栄華は――ここで終わったのだ。




