表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/79

信頼できる人と、ゴミ箱と

豪奢なシャンデリアが輝く大広間は、いつもなら優雅な社交の場であるはずだった。しかし、今、その場には重苦しい沈黙と緊迫した空気が漂っていた。


深紅のカーペットが足音を吸い込み、燭台の明かりが壁に揺らめく影を落としている。視線を交わし合う貴族たちは、誰もが言葉を飲み込み、ただ成り行きを見守ることしかできなかった。


「――何故奥方を信じないのですか!」


鋭い声が響く。

それは、エリオットの怒りの声だった。


伯爵の真正面に立ち塞がり、拳を握りしめる。普段は冷静沈着な彼が、こんなにも感情を剥き出しにするのは初めて見たかもしれない。


「奥方がどれほど貴方を支えてこられたか……!貴方の傍らにあり続けたのは、他ならぬ夫人なのですよ!」


彼の言葉は、ここにいる誰もが薄々感じていたことを鋭く突いた。


――本当に、夫人がそんなことをするだろうか?

――ジュリア嬢の言葉だけで、夫人を責めるのは筋違いでは?

そんな疑問が、さざ波のように広まる。


伯爵は、妻の泣き顔を見つめていた。


いつも凛とした態度を崩さない妻が、ただ静かに涙をこぼしている。それが彼には信じられなかったのだろう。戸惑いの色が、その威厳ある顔を曇らせる。


令嬢と令息は夫人を庇い、その光景はまるで、一家の崩壊を象徴するかのようだった。


――けれど、それを眺めている時間はない。


私は、スカートに忍ばせていた日記を取り出した。革表紙が指先に馴染む。その重みが、これまでの全てを覆す気がした。


私は静かにゴミ箱の天面をそっと撫でる。


「ねえ、あなたも戦ってくれる?」


「ピッ。」


短く響く電子音。


まるで、「もちろんだよ」とでも言いたげな、頼もしい相棒の返事だった。


もう、これ以上、夫人を傷つける言葉なんて聞きたくない。


その瞬間、私は駆け出していた。


ドレスの裾が翻り、靴音が大理石の床に響く。背後では、ざわめきが巻き起こる。けれど、私は振り返らない。ただ一直線に、役人の元へ向かう。


「何を持って…日記?ふふ、私はそんなのつけないわよ!」


背後から聞こえる、軽やかな声。

ジュリアだった。


得意満面の顔が目に浮かぶ。まるで「あなたの切り札は無駄だ」と言わんばかりの調子だ。


――それを聞いて、私は微笑む。


「知ってるわ。」


振り返らずに、言葉を返す。


背後でジュリアの表情が変わるのを感じた。


「待て!」


今度は伯爵の声だ。彼の焦燥が滲んだその一言に、空気が揺れる。


足音が追ってくる。彼が動いたのだ。

けれど、私は止まらない。走り続ける。


――そして。


「伯爵!」


エリオットの声が響く。


彼が伯爵の前に回り込み、手を大きく広げた。必死の表情で、彼は叫ぶ。


「今度こそ、ミレイア様をお守りします!」


その言葉に、伯爵が足を止めるのが分かった。エリオットの真っ直ぐな視線が、伯爵の迷いを突き刺す。


――その刹那、銀色の影が一直線に向かっていった。


「なっ――!?」


衝撃と共に伯爵の体がぐらりと傾き、驚いたように後ろへと倒れ込む。


貴族たちが驚きの声を上げる。

脇から突進してきた自走式ゴミ箱が、伯爵に激突したのだ。


堂々たる銀色のフォルム。

誇り高く、静かに光るボディ。

そして、何よりも――


「味方のために戦う」意思を持った、最高の相棒。


「ピッ。」


ゴミ箱は、まるで「やりましたよ」とでも言いたげに控えめに音を鳴らした。


「……いい仕事だったわ。」


私は日記をしっかりと抱きしめる。


目の前に立つのは、役人たち。


彼らは驚いたように目を見開き、私を見ている。その視線を一身に受けながら、私は日記を掲げた。


「この記録を、どうかご覧ください!内容を明らかにしてください!」


私は役人の手に、そっと日記を預けた。


重い沈黙が落ちる。役人が本を受け取るその瞬間、私は心の中でそっと呟く。


――さあ、全てが明らかになる時よ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ