再教育はゴミ箱の中で
証言は出揃い、証拠は明らかになり、事実は動かしがたくなった。
貴族たちは事態の成り行きを見守っている。
――そんな中、事態を何一つ理解していない人間がここにいた。
「これは……その、つまり……どういうことだ?」
レオンが低い声で呟く。
私は思わず耳を疑った。いや、待って、何?この人…今の今まで状況を理解してなかったの?
「兄上、説明してくれ。」
レオンは隣にいる男性――アルバート家の次期当主であり、兄であるアイゼル・アルバートに視線を向ける。
「お前、本当に……!」
アイゼルが頭を抱えていた。
鋭く青い瞳がレオンを睨みつける。
顔立ちはレオンと似ているが、知性の有無がこれほどまでに表情に影響を与えるものなのか、としみじみ思わざるを得ない。
たぶん私よりも苦労してるのは、この人だろう。
「つまり、ミレイア嬢がジュリアを虐めていたというのは、完全な虚偽だ。」
大広間に響き渡るアイゼルの声。貴族たちの視線が一斉にレオンに向く。
「えっ? いや、でも……」
「証言、証拠、すべて揃っている。ジュリアが嘘をつき、伯爵がそれを信じ、結果としてミレイア嬢に全ての罪を擦り付けようとした。」
「……そんな……」
「お前は何の疑問も持たず、俺や父上に何の相談もせず、ジュリアの言葉を信じて、勝手に婚約破棄したのか!!」
アイゼルの声には怒りが滲んでいる。いや、ごもっともだと思う。
「ち、違う、俺は……その……」
「違わん!!」
アイゼルは容赦なくレオンの腕を引っ張った。
「来い!」
「い、痛い! 兄上、ちょっと!」
レオンの抗議を無視しながら、アイゼルは私の前にずんずんと歩み寄って来る。
私はそれを見ながら、ものすごく帰りたい気分になっていた。
「ミレイア嬢!」
アイゼルは真剣な眼差しで私を見つめ、深く頭を下げた。
「この度の一件、我が弟の愚かさによって、貴女に多大なご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます!」
――うん。まあ、弟さんには大変迷惑しています。
でも、貴族の次期当主なのに、こうしてすぐに血縁者の非を認め頭を下げるあたり、彼はちゃんとした人なんだろう。誰かさんと違って。
「ミレイア!」
そこへ、再びレオンが前に出てきた。
「俺は……! 俺は誤解していた!」
うん、それはもう皆知ってる。
「だから……!」
レオンは握りこぶしを作り、力強く宣言した。
「俺ともう一度婚約してほしい!」
――…………は?
「「……は?」」
言葉がかぶった。私だけじゃない、大広間のほぼ全員がこの発言に絶句している。
「お前は何を言っているんだ!!」
横でアイゼルがレオンの肩を掴み、思いっきり揺さぶる。
「いや、ちょっと待って!! 理解が…頭が追いつかない!!」
「ミレイア、お前のことを誤解していたことは謝る。でも、俺は今気づいたんだ!」
「……何に?」
「俺には、お前が必要だ!」
いやいやいやいや、本気で勘弁してくれ…。
「今のお前がいなければ、俺は間違いを正すこともできなかった!」
「……間違いを正す機会を与えたのは、あなたの兄上では?」
「それは……!それはそうかもしれないが!」
レオンは必死に何かを言おうとしているが、もう私はどうでもよくなってきた。
「あのね、レオン。」
私は大きく息を吸い込み、そして、きっぱりと断言した。
「まるっとお断りよ!!!!!」
広間が、一瞬、完璧な静寂に包まれる。
「……え?」
レオンの顔が、驚愕に染まった。
「待ってくれ! 俺は本当にお前のことを――」
「――あなたは『私』を信じなかったでしょう?」
冷たい声で問いかける。
「あなたはジュリアを選んだ。それはあなたの意志でしょう?」
「それは……っ!」
「そんな簡単に、手のひらを返されてもね。」
レオンは唇を噛み、何かを言おうとした――その瞬間だった。
彼の足元に、滑るように突進してくる銀色のフォルム。
そう、我が自走式ゴミ箱。
次の瞬間。
「えっ、ちょっ――!わあああああああ!!!!!」
広間に響き渡る、再び吸い込まれた男の叫び。
いや、正確には「上半身がゴミ箱に突っ込まれた状態でひっくり返った」だけなのだけど。
「兄上ぇぇぇ!! 助けてくれぇぇぇ!!!」
広間の誰もが沈黙していた。
私も、そっと頭を抱える。
「……また吸い込まれたか。」
それだけ言って、私はくるりと背を向けた。
「……アイゼル様、弟さんの再教育、頑張ってくださいね。」
「……本当に申し訳ない。」
その目は、まるで「ようやく決心がついた」というように、静かに燃えていた。
「……長くなるぞ、レオン。」
「えっ?」
「じっくり、みっちり、叩き込んでやる。」
「ちょっ……兄上!? 何でそんな恐ろしい声なんだ!?」
アイゼルが再び深々と頭を下げる。
彼の苦労を思うと、少しだけ同情した。




