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最後の一手となるように

「…そもそも!君が、脅迫や金で証人や証拠を捏造したとも限らないだろう!私は弁護人と共に、ジュリアがブランフォード家で虐待されていた事実を告発します!!皆さま方、正義がどちらに有るか、正しくご判断下さい!!」


アッシュフォード伯爵は諦めない。再び放たれたジュリアを擁護するその一言が、大広間の空気を再び重く締め付けた。貴族たちが囁きを止め、その言葉の余韻に耳を傾ける。


――やはりそこを攻めるか。


私は心の中で苦笑した。予想通りの展開。彼は、揺るぎない証拠と証言を前にしてもなお、ジュリアの言葉を信じようとしている。あるいは、自分の誤りを認めたくないだけか。どちらにせよ、それはもう無駄な足掻きだ。


私はゆっくりと伯爵に目を向けた。


「では――」


声は静かに、しかし確実に響くように。大広間全体が次の一手を待つ中、私は堂々と一歩前へ。


「――信頼に足る、外部の証人をお呼びしましょう。」


その一言で、再び貴族たちがざわめき顔を見合わせ、ジュリアの顔色がさらに悪化していくのが視界の隅に映る。伯爵の目も一瞬だけ揺れた。


私は控えていたアルフレッドに軽く目配せをした。彼は静かに一礼し、重厚な扉を開いた。


入ってきたのは、孤児院の院長と教会の司祭。彼らの服装は質素でありながら、その立ち姿は威厳に満ちている。二人の登場に、広間の空気が明らかに変わった。


「ミレイア・ブランフォード様は、日々の慈善活動において多くの孤児たちを支えてくださいました。」


孤児院の院長が静かに、しかし力強く語り始めた。彼の言葉は淡々としているが、その一つ一つが心に刺さる。


「彼女は定期的な寄付だけでなく、直接孤児たちと接し、読み書きや礼儀作法を教えてくださいました。」


その言葉に、貴族たちが驚いたように目を見開いた。寄付だけならいくらでもいる。しかし、直に教えるなどという貴族令嬢は珍しい。


「私たち孤児院の者にとって、ミレイア様はまさに恩人です。」


院長のその言葉が広間に響いた瞬間、貴族たちの表情が変わる。疑念が溶け、驚きと尊敬の色が浮かび上がる。


続いて、教会の司祭が前に出た。彼の厳かな声が広間を満たす。


「ミレイア様は教会への寄付活動にも深く関わり、貧しい者たちへの衣食の提供や、治療への援助も惜しみませんでした。」


その言葉に、さらに会場が静まり返る。


「彼女が、アッシュフォード伯爵様やジュリア様の言うような卑劣な行為をするとは、到底考えられません。神に誓って。」


司祭の最後の一言が、大広間に決定的な静寂をもたらした。


私はゆっくりと伯爵の方へ視線を向けた。


彼の顔は硬直している。もはや反論の余地などない。それでも、彼の目には諦めきれない感情が微かに残っていた。


――でも、それも時間の問題よ。


周囲の貴族たちも完全に空気を変えていた。さっきまでジュリアの肩を持っていた者たちでさえ、今はミレイアの無実を確信し始めている。


私は深呼吸をしながら、静かに考える。


ここで終わりにすべきか。


これ以上はやり過ぎかも知れない。証人も証拠も十分に揃っている。これ以上、伯爵を追い詰める必要はない。


――あの日記を使わずに済むなら、それが一番。


私は心の中でそう繰り返す。秘密の日記を使えば、ジュリアの嘘は完全に暴ける。でも、それはアッシュフォード家の全てを壊すことになるかもしれない。できれば、それは避けたい。


「……これで十分でしょう?」


私は静かに宣告した。役人や弁護人、貴族たちの頷きが確認できる。伯爵も、もはやぐうの音も出ない。ジュリアは俯いたまま、動かない。


私は静かに微笑みを浮かべ、視線をゴミ箱に移した。


――でも、もしまだ足りないなら。


私はそっとゴミ箱の上に手を置いた。まだ切り札は残っている。

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