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証拠という名の一手

私たちの周りで、静かに息を呑む音が聞こえる。


「……どうせ、君が卑劣な手を使ったのだろう。」


アッシュフォード伯爵の低く抑えた声が、大広間の空気を冷やした。


――ああ、そう来るのね。


私はゆっくりと伯爵に視線を向けた。彼の目は冷たく、まるで私を虫けらでも見るかのような侮蔑に満ちていた。その態度、予想通りすぎて逆に笑えてくるわ。


「卑劣な手、ですか?」


私はわざとらしく手を上げ、微笑んでみせた。


「それは……証言してくださったご令嬢方への侮辱と受け取ってもよろしいのでしょうか?」


貴族たちの間に動揺が走る。


その中でジュリアの唇はきつく結ばれ、目が泳ぎ続けている。伯爵の根拠のない援護射撃にすがるその姿は、もはや滑稽ですらあった。


伯爵は動じない。彼の頑なな態度は、まるで鋼鉄の壁のようだった。いや、鋼鉄というよりは、ただの頑固な老人の意地か。どちらにせよ、そんな壁はすぐに崩れる。


私は静かに振り返り、控えていた役人に合図を送った。


「では、――証拠をお見せしましょう。」


役人が歩み出て、一枚の分厚い封筒を掲げた。


その封筒には、しっかりとブランフォード家の紋章が刻まれている。私が直接用意したものだ。準備に準備を重ねたこの瞬間、これが無駄に終わるはずがない。


役人が封筒を開き、中の書類を取り出す。その動作ひとつひとつが、否が応にも緊張感を煽っていく。私はその様子を楽しむ余裕すらあった。


「こちらは、ブランフォード家の出納帳の写しでございます。」


その言葉が大広間に響いた瞬間、ジュリアの肩がピクリと震えたのを私は見逃さなかった。


「間違いなく、メイドとして働いていたジュリア様に対し、月々きちんと給金が支払われていたことが確認されました。」


静寂。


ジュリアの口元は小さく開いたまま、言葉が出てこない。


それもそのはず。彼女が「無給でこき使われていた」と涙ながらに訴えていたのは、この場にいる誰もが知っているからだ。


「さらに――」


役人が次の書類を取り出す。


「ジュリア様の浪費の記録も、こちらにございますね。」


その一言に、広間に再びざわめきが走る。


「浪費……?」


「まさか……。」


私は涼しい顔のまま、伯爵を一瞥した。


「ご存じでしょう?」


役人が書類を読み上げ始める。


「舞踏会用のドレス、お一つにつき150万クラン。」


広間の空気が、ざわめきが、一段階大きくなる。ジュリアの肩がさらに縮こまり、伯爵の顔がわずかに強張るのがわかった。だが、これはまだ序の口。


「さらに、王都の有名デザイナー――ルブランの靴、一足10万クランを15足購入。」


――はい、ここで驚きの表情いただきました。


伯爵の眉が跳ね上がるのを私は見逃さない。人々は静まり返り、次の言葉を待っている。役人は容赦なく続ける。


「そのほか、香水コレクションに20万クラン、宝飾品のカスタムオーダーに50万クラン、王都の高級サロンの会員権に80万クラン――」


「……そんなにか。」


伯爵の低い声が初めて割り込んできた。


――そう、驚いたでしょうね。まさかあなたが庇っていたジュリアが、ここまでの散財をしていたなんて、思いもしなかったでしょう?


私は微笑みを崩さず、伯爵の目をじっと見つめた。


「はい、伯爵。」


声は冷静に、でもしっかりと。


「これらは全て、ジュリア様が個人的な嗜好で購入されたものでございます。」


貴族たちの視線が一斉にジュリアに向かう中、彼女はもはや反論の余地を失っていた。


伯爵の目が揺れる。その表情には、明らかな驚愕と困惑が滲んでいた。


「言葉で駄目なら――数字で判断して下さい。」


私は最後にそう告げた。


広間に残るのは、ジュリアの浅い呼吸と、伯爵の重たい沈黙だけだった。

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