逆襲
ジュリアの声が、広間に鋭く響き渡る。
「この証言はおかしいわ!!!」
私は思わず眉をひそめた。いや、驚きなんてしない。むしろ、「やっと本性を出したか」という感じだ。
その分かりやすい怒り方、もう少し隠せば?いや、無理か。あの見え見えの病人メイクと同じくらい、あなたの嘘も薄っぺらいから。
彼女の顔は、白粉の下から浮かび上がる赤みと焦りで、まるでコメディの道化師みたいだ。
私はジュリアの抗議を聞き流しながら、さらに微笑んだ。彼女が声を荒げれば荒げるほど、周囲の貴族たちの視線は冷たさを増す。
ああ、あなたは本当に分かりやすいわね。そうやって自分で自分の首を絞めていくスタイル、嫌いじゃない。
「そうですか。」
私は一歩前に出る。靴音が絨毯に吸い込まれる感触が心地いい。周囲の視線が私に集まる中、私は淡々と続けた。
「では――」
わざと少し間を置く。沈黙が大広間を支配する、いい感じの緊張感。私は軽く息を吸い、言葉と共に吐き出した。
「――他にも証人をお呼びしましょう。」
その瞬間、ジュリア動きがピタリと止まった。
ああ、その顔が見たかったのよ。瞳が泳ぎ、唇がわずかに震える。その動揺、隠せてないわよ?
私は軽く手を挙げて、彼女たちに視線を向けた。
「アッシュフォード夫人、そしてご令嬢。」
静寂の中で、その名を呼ぶ私の声が妙に響いた。
二人はゆっくりと前に出てきた。まるで舞台の幕が上がるかのように。彼女たちの足取りは静かで、しかしその一歩一歩には確かな意志が感じられた。
アッシュフォード夫人が前に出て、一礼する。その姿は冷静でありながら、どこかしら鉄のような強さを感じさせた。
「わたくしにも、是非証言させて下さい。」
彼女の声は静かだった。しかし、その静けさの奥に潜む怒りは誰の耳にも明らかだ。私は軽く頷き、促す。
「ジュリアは、アッシュフォード家での淑女教育を真面目に受けることなく――」
その一言で、場の空気が変わる。
「――自らの勉強不足をわたくしのせいにして遊び歩いておりました。」
その言葉と同時に、ジュリアの顔が真っ赤になった。いや、その下の白粉が崩れて、何とも言えない斑模様に……こういうアイスが売ってたのを思い出す。
「わ、わたしは……!」
ジュリアが何かを言いかけるが、夫人はそれを完全に無視して続けた。
「それだけではありません。わたくしはジュリアの為と思い叱咤しましたが、それを逆恨みし、方々に義母に虐められていると嘘を広めていたのです。」
周囲の貴族たちがざわめく。
そのざわめきが心地よくて、私は思わず微笑んでしまった。ほら、ジュリア。どんどん泥沼に沈んでいくわね。
次に、アッシュフォード家の令嬢が前に出る。小さな手をぎゅっと握りしめ、でもその瞳にはしっかりとした決意が宿っている。
彼女の足取りは少しだけ震えているけれど、その一歩一歩がまるで鐘の音のように大広間に響いた。
「わたくしも……申し上げます。」
その声は小さいけれど、確かだった。
「わたくしの誕生日に両親から贈られたブローチを、ジュリア様に取られました。」
ざわ……っと貴族たちの間に波紋が広がる。今度はジュリアの顔が青ざめる。いや、白粉のせいでわかりづらいけど、その唇の震え方が全てを物語っている。
「返して欲しいと何度お願いしても、『今まで沢山貰ってきたんでしょう?』と笑って返してくれませんでした。」
令嬢の声はどんどん力強さを帯びていく。その勇気に私は内心で拍手を送った。
「それだけではありません。わたくしが歴史の勉強をしていると、ジュリア様は――」
一瞬だけ言葉を詰まらせる。その沈黙が緊張感をさらに高めた。
「――『お母様に似て頭でっかちのブスになりますよ』と笑いました。」
その言葉が放たれた瞬間、空気がピキリと音を立てて、割れたような錯覚すら覚えた。
誰もが息を呑み、ジュリアに視線を向ける。ジュリアの顔は、もう隠しようのないほどに引き攣っている。ああ、その顔、いいわね。最高の瞬間だわ。
私は静かに微笑み、ジュリアに一言。
「……どうやら、証人は十分のようですわね。」
ジュリアの口は何かを言おうと開かれたが、もう言葉は出てこなかった。彼女はその場に立ち尽くし、ただただ震えるだけ。
私はゆっくりと伯爵に向き直り、冷静に告げた。
「アッシュフォード伯爵、これが真実です。」




