社交性と遮光性
広い屋敷の玄関ホールで、私はすっかり異世界の空気に飲まれていた。豪奢な絨毯に、天井まで届きそうなシャンデリア。これでもかと主張してくる重厚な木製の家具。そしてその真ん中に立つ男性――私の前でため息をついている元婚約者。
「君は本当に変わらないな、ミレイア・ブランフォード伯爵令嬢。」
そう言いながら、彼は肩をすくめた。
彼の顔は――悔しいけれど、かなり整っている。短く整えたダークブラウンの髪、切れ長の灰色の目。高い鼻筋に無駄のない彫刻のような輪郭。そしてその顔が、ため息と共に私をじっと見下ろしているのだ。
「ジュリアと違って、社交性というものが欠けている。」
社交性。なるほど、その単語には聞き覚えがある。だけど、いきなりのダメ出しに私は眉をひそめた。確かに私は開発部門の人間で、プレゼン以外の社交スキルは必要最低限だったけど、ゴミ箱に社交性は求められていないし、私にもあまり求められていないと思う。
「暗く、そして内向的で、我がアルバート伯爵家の夫人として相応しくない。」
「……」
正直、黙っているのも癪だったけど、彼の話が終わるのを待つのが一番だと思った。
「森に出奔したのも婚約破棄がショックだったのだろうが、その心の弱さでは他に縁談など――」
そこで、私は口を開いた。
「社交性はないが遮光性はある。」
「え?」
彼が怪訝な顔をするのを見て、私は自分でさらに言葉を重ねる。
「まあ、遮光性は大事だよね。ゴミ箱って、中身が透けて見えたら嫌じゃない?やっぱりスケルトン構造よりは、暗いカラーで中が見えないほうがいいと思う。」
「い、いや、君、何を――」
彼の声が止まった。私が軽く顎で指し示したのは、私の足元で静かに仕事をこなしている自走式ゴミ箱だった。
「見てよ、この完璧な遮光性。輝く銀の美しい外装、中身は全然見えない。デザイン性と機能性の両立、まさに理想。」
「……ミレイア、お前は一体何を言っているんだ?」
彼の眉がぐっと寄るのを見て、私は心の中で小さくガッツポーズを取った。こういう反応を引き出せると、なんとなく勝った気がする。
「暗いとか内向的とか言われたけど、私には私の役割があるの。ゴミ箱みたいにね。周りからどう見えたって、自分の役割をちゃんと果たしていれば、それでいいんじゃないかな。」
もちろん、私が何を言っているのかは自分でもよく分からなかった。
でも、彼の整った顔に微妙な困惑が浮かんだのを見ると、それだけで十分だった。




