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元婚約者

アッシュフォード伯爵との舌戦は、思った以上に順調に進んでいた。


伯爵の言葉には威厳もあるし、場を支配する力もあるけれど、こちらはこの日のために数えきれないほどの準備を積み上げてきたのだ。誰が相手であろうと、臆する理由はない。


むしろ、こうして彼が苛立つほどに、私の勝利への手応えが増していく。


「侮辱の証拠もないのに、そんな大声を張り上げていただいても、困りますわ。」


私がそう言い切ると、伯爵の顔が微かに引きつる。それを見て私は心の中でほくそ笑んだ。


――いい感じ。このまま優勢を保ちながら、一気に形勢をひっくり返してやる。


そう思いながら再び口を開こうとしたその瞬間だった。


「ミレイア!」


不意に、後ろから聞き覚えのある声が響いた。


――え?


私は振り向き、その声の主を見た。彼は私の視線を正面から受け止め、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「……誰?」


思わずそう口にしてしまった瞬間、彼の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。


「俺だ、レオンだ!レオン・アルバートだ!!」


――ああ、そういえばいたっけね。


記憶の引き出しの奥から、やっと出てきた彼の名前。元婚約者という肩書きの割には、印象が驚くほど薄い。いや、むしろ印象がなさすぎて、今この場で名前を言われるまで完全に忘れていた。


背は高いし、顔も整っているのに、どうしてここまで影が薄いのか。


「遮光性の話をした人ね。」


「……遮光性?」


「ほら、私に『君は社交性がない』って指摘してきたでしょう?それを『遮光性』にかけて反論されて。そういえば、ジュリアに置き去りにされて泣いてたわよね。」


私がそう言うと、彼の顔が一層引きつった。隣で聞いていたアッシュフォード伯爵が咳払いをして気まずそうな顔をしているのが、むしろ面白い。


レオンは腕を組み直し、妙に偉そうな態度で声を張った。


「そんなことはどうでもいい!お前、ジュリアをゴミ箱に吸わせたことを反省してるのか!?」


――ええと、どっちかと言えば反省すべきはゴミ箱に吸われた方じゃない?


私は内心で突っ込みつつも、冷静に問い返した。


「その件について、思い出そうとしてるんだけど。――ねえ、レオン。あの日、大怪我しなかった?」


私の言葉に、彼は「ふん」と鼻を鳴らした。


「するわけないだろ!」


「――でも、複雑骨折とか、腕を切って大流血とか、二度と動かない後遺症とか……」


「大袈裟な!俺もゴミ箱に吸われたけど、尻もちをついたくらいで怪我なんてしなかったぞ!」


その瞬間、広間の空気が微妙に変わった。


伯爵が小さく眉を寄せ、ジュリアがぎょっとした顔を浮かべ、そして私――私は必死に笑いを堪えていた。


「そうよね!私は知らないし、記憶に無いけれど『ゴミ箱』の中に吸い込まれたくらいで、大怪我なんてしないわよね!」


「いや、待て!そういう意味じゃ……!」


「ありがとう、レオン!私のゴミ箱がいかに優れた製品か、あなたが身をもって証明してくれたわね。」


私は悠然と笑いながら彼に言い切る。レオンは何か言い返そうとして口をパクパクさせたが、何も出てこない。その様子が滑稽すぎて、つい笑い声が漏れそうになる。


――彼が私を助ける羽目になるなんて、誰が想像しただろうか。


アッシュフォード伯爵もジュリアも、そして周囲の貴族たちも、呆然とした表情でこのやり取りを見ている。その中で、私だけが勝利を確信したように笑みを浮かべていた。


――ありがとう、レオン。あなたのその迂闊さ、最高の証拠になるわ。

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