告発と挑発
豪奢な部屋と華やかな人々の間に漂う緊張感は、まるで張り詰めた糸のようだった。
その中心に立つ私と、冷たい視線を投げかけるアッシュフォード伯爵。その構図は、まさに決戦の舞台。
伯爵は背筋を伸ばし、威圧感を全身にまといながら、大きな声で呼びかけた。
「皆さん、集まっていただいているこの場を借りて、私は正式に告発を行います!」
その言葉に、会場の空気がざわついた。貴族たちの小声が波紋のように広がり、あちらこちらから私への冷たい視線が突き刺さる。
「ミレイア・ブランフォードは、我が家の養女であるジュリアに対し、重大な侮辱と暴行を行いました。」
伯爵の言葉は容赦がなく、まるで剣のように鋭かった。
――そんな挑発、受けて立つに決まっているじゃない。
私は軽く肩をすくめ、会場中の視線を受け止めながら、平然とした表情を浮かべた。
「否定します。」
私の一言で、ざわついていた空気がぴたりと止まる。伯爵が少しだけ眉を動かしたのが分かった。
「告発ということであれば、当然証拠を揃えていらっしゃるのでしょうね?」
その一言に、伯爵の顔が微かに歪む。それを見て、私は心の中でほくそ笑んだ。
「もちろんだとも。」
彼は静かに答えると、手を上げ、後ろに控えていた弁護人と思われる男を呼び出した。鋭い目つきのその男は、手に分厚い書類の束を抱えており、それを一礼しながら伯爵に差し出した。
伯爵はその書類を受け取り、私を睨みつける。
「この中には、ジュリアが受けた被害の詳細、そして君がそれを引き起こした証拠が記録されている。」
彼の声は低く、重々しい。だが、私にはその言葉があまりに空虚に響いた。
「――君はジュリアを厚化粧ブスと罵った上、暴行してゴミ箱に閉じ込めた。」
その言葉を聞いた瞬間、会場に再びざわめきが広がる。
――そういえば、ゴミ箱を馬鹿にされた時に言ったっけ。ただ、吸い込まれたのはジュリアの心が汚いからじゃない?
私は平静を保ったまま伯爵を見つめた。
「記憶にありません。」
その瞬間、広間に一瞬の静寂が訪れた。
あまりに堂々とした私の返答に、周囲から疑惑と困惑が入り混じった視線が送られてくる。
「…嘘をつくな!」
伯爵が怒鳴り声を上げたが、私は微動だにしなかった。
「では、証人をお呼びになってはいかがでしょうか?」
その言葉に、伯爵が一瞬詰まる。その隙を見て、私は振り返り、連れてきたアルフォンスや他の屋敷の人間たちに視線を送った。
「私がジュリアを侮辱したり、傷つけたという記憶は一切ありません。ねえ、皆?」
彼らは互いに顔を見合わせ、次々に頷き始めた。もちろん彼らは真相を知っている。唯一、エリオットは外に居たので私の暴言を知らないのだが、ここで私に異を唱えることはしない。それが、ブランフォード家の一員としての忠義だ。
次に現れたのはジュリアだった。
彼女は舞台役者のような大げさな動きで会場に登場し、腕を抱えるようにして涙目を浮かべている。その姿を見た瞬間、私の中で笑いを堪えるのがどれほど難しいかを思い知らされた。
――この登場、どう見てもやりすぎでしょ。
彼女はまるで脚本通りの演技をしているかのように、会場の注目を浴びながら伯爵の隣に立った。
「皆さん、見て下さい!」
伯爵が大声で宣言する。
「彼女は、ミレイア・ブランフォードの行為によって、心にも体にも深い傷を負ったのです!」
ジュリアは泣きながら、震える手で包帯を巻かれた腕を見せる。
――骨折にでも見せたいのだろうか。あまりにも大袈裟で逆に嘘くさいわよ、それ。
私は冷静に彼女を観察しながら、内心で苦笑した。
「ミレイア様……私のことがお嫌いだからって……酷いです…」
ジュリアが弱々しく私を見つめる。その目には涙が浮かんでいるが、それがどこか計算されたものにしか見えないのが滑稽だった。
だが、私はその表情に動じることなく、穏やかな声で返した。
「――お気の毒に。虫刺されですか?まぁ、私は身に覚えがありませんが。」
「はあ!?」
その一言に、ジュリアの表情が一瞬だけ崩れる。それが演技の破綻の始まりであることは、会場中の誰にも気づかれなかっただろう。
私は再び伯爵に向き直り、はっきりと告げた。
「証拠がなければ、単なる言いがかりに過ぎませんよ。」
伯爵の表情が険しくなる。彼の背後で弁護人が慌てて書類を広げようとするが、その動きにすら私は動じない。
――ここからが本番だ。全てを終わらせるために、私の手札を切る時が来た。




