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忠実なるものたちと共に

伯爵の冷たい視線が私を射抜く。けれど、私はその視線の重みに一切屈しなかった。


――ええ、私一人で来たわけじゃないんだから。


微笑みを浮かべたまま、私は一歩前に進む。スカートの裾が絨毯をかすめる音さえも、今はこの場の緊張を彩る演出の一部だ。


「アッシュフォード伯爵。」


私は、冷静な声で告げる。


「本日は、私の屋敷の人間と、そして――大事なものを連れてまいりました。」


広間に、ざわめきが走る。


伯爵の眉がわずかに動いた。


「……大事なもの?」


その言葉の背後に隠された侮蔑と疑念は、火を見るより明らかだった。きっと伯爵は、私が連れてきた者たちをただの証人か、あるいは無意味な飾り物としか思っていないのだろう。


――いいわ、その勘違いを正すのはこれからだから。


私は軽く手を挙げ、広間の扉に向けて合図を送る。


静かに開かれた扉の向こうから、二つの影が現れた。


まず、落ち着いた足取りで入ってきたのは、執事アルフレッド。


彼は完璧な礼節を保った姿勢で、会場の視線を一身に受けながらも動じることなく進んでくる。その白髪と深い皺が、彼の年輪と知恵を物語っていた。


続いて、やや緊張した面持ちの従者エリオット。


彼の瞳は真っ直ぐに私を見つめており、その中には確かな決意が宿っている。身分を超えた忠誠心、それが彼の歩みに力を与えているのがわかった。


彼ら二人が私の隣に立った瞬間、私は満足げに微笑んだ。


――でも、これだけじゃ終わらない。


「そして。」


私は再び扉の方へと視線を向け、静かに呼びかけた。


「……あなたも、いらっしゃい。」


その瞬間、広間が静まり返る。


控えめな、しかし確かな機械音が扉の向こうから響いた。


次の瞬間――自走式ゴミ箱が、堂々と姿を現す。


その銀のボディは、会場の光を受けてまるで月のように輝いている。滑らかな曲線を描くそのフォルムは、まるで美術品のように完璧だった。


広間に集まった貴族たちは、驚愕と困惑の表情を浮かべながらゴミ箱を見つめている。


「……金属の箱?」


誰かの声が聞こえた。小さな囁きが波紋のように広がっていく。


「動いてる……?」


「魔法かしら……?」


いや、違う。これは魔法なんかじゃない。技術の結晶よ。


ゴミ箱は、まるで自分の役割を理解しているかのように、会場の中央へと静かに進んできた。滑らかな底面の動きは、絨毯の上でも一切のブレを見せない。


そして、私の隣にぴたりと止まる。


完璧なタイミングだ。


私はゴミ箱にそっと手を添え、伯爵に向かって微笑んだ。


「こちら、私の大事な相棒です。」


――完璧。あとは私たちがやるべきことをやるだけ。


伯爵の表情は冷徹そのもの。彼の鋭い眼差しは私を刺すように見つめ、視線の隅でゴミ箱を捉えている。だが、その冷たい威圧感にも私は微笑みを崩さない。


そんな中、私はふと伯爵の後ろに目を向けた。


――アッシュフォード夫人。


彼女は静かに佇んでいた。まるでこの豪奢な場の装飾の一部のように、控えめで、それでいて芯の強さを感じさせる姿勢で。長い睫毛の下の瞳はわずかに揺れており、その表情には明らかな覚悟と緊張が滲んでいた。


私は静かに一歩進み、スカートの裾を持ち上げて一礼する。


「アッシュフォード夫人、本日はお目にかかれて光栄です。」


夫人は、私の挨拶に対して小さく頷いた。それは只の礼儀作法ではない。彼女の瞳の奥に宿るのは、理解と連帯。


――ええ、あなたもわかっているのね。この戦いが何を意味するのかを。


夫人の隣には、まだ若い令嬢と令息が並んでいる。


二人は十六歳ほどだろうか。令嬢は淡いピンクのドレスに身を包み、彼女の金髪は肩の上で柔らかく波打っている。その顔には若干の緊張が走っているが、その瞳には確かな決意が宿っていた。


令息はシンプルなネイビーブルーの礼服に身を包み、姉の隣でしっかりと立っていた。彼の表情は一見穏やかだが、その唇はきゅっと引き締められており、彼もまた自分の立場と役割を理解していることが窺えた。


私は二人に向かって微笑んだ。


「ご令嬢、ご子息、お元気そうで何よりです。」


その言葉に、令嬢は静かに微笑み返し、令息は小さく頷いた。その仕草の中に、言葉では語られない信頼と覚悟が込められているのが分かった。


――大丈夫、私たちは同じ側に立っている。


私は再び伯爵に視線を戻した。


その瞬間、私の隣に静かに佇むゴミ箱がピッと音を立てる。まるで、この場の緊張感を読み取ったかのように。


伯爵の眉がわずかに動く。


「……それは、一体何だ?」


低く、威圧感のある声。だが、私は微動だにしない。ゴミ箱の滑らかな曲線を指差しながら、堂々と答える。


「こちら、自走式掃除機能付きゴミ箱です。」


「…このパーティーに、一体何のつもりでそれを持ち込んだ?」


――まあ、そうなるわよね。


社交界にゴミ箱を持ち込んだ貴族令嬢なんて、前代未聞だろう。むしろ、これまでの長い歴史の中で、一度たりともそんなことをした人物はいなかったはず。


でも、それがどうしたというのか。


「理由は簡単です。」


私は胸を張りながら、声のトーンを少しだけ低くした。


「この場に、大きなゴミがいると聞きまして。」


伯爵の眉間に皺が寄る。その隣で、ジュリアが顔を引きつらせているのが見えた。


私はゴミ箱にそっと手を置き、会場全体に向けて宣言する。


「――さあ、掃除の時間です。」

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