煌びやかな開戦
煌びやかな装飾に満ちた大広間は、名門アッシュフォード家の威信を象徴するかのようだった。床には輝く大理石、壁には豪華な装飾が施され、天井からは見上げるほど大きなシャンデリアが煌々と光を放っている。
会場には豪奢なドレスをまとった貴婦人たちと、華麗な装飾の礼服に身を包んだ紳士たちが集まり、社交界特有の柔らかくも薄っぺらい笑顔が飛び交っていた。
だが、その場に漂う空気には明らかな緊張が含まれている。
私が現れたことで。
扉が開くと、会場全体の視線が私に集中するのを感じた。細かなざわめきが波紋のように広がり、あちらこちらで噂のささやきが聞こえる。
「例のブランフォード伯爵令嬢が……?」
「噂は本当だったのね。」
「よくもまあ、この場に姿を現せたものだわ。」
私はその言葉の一つ一つを無視し、落ち着いた足取りで大広間を進んだ。歩くたびに広がるドレスの裾が、床の大理石に柔らかく音を立てる。
その時、奥から響く威圧的な声が、場のざわめきを一瞬でかき消した。
「よく来れたものだな、ミレイア・ブランフォード。」
――ロベルト・アッシュフォード伯爵
名門アッシュフォード家の当主であり、この場の支配者。
年の頃は五十代前半といったところか。
彼の外見は、名家の貴族らしい洗練されたものだった。銀色がかった髪はきちんと整えられ、貴族としての威厳を示す立派な口髭がある。彫りの深い顔立ちは、かつては相当に美丈夫だったことを窺わせた。
彼は重々しい足音を立てながら、私の方へゆっくりと近づいてきた。その視線には侮蔑と冷笑が込められている。
「貴族の名を汚す者が、こうも堂々と姿を現すとはな。恥を知らぬとは、まさにこのことだ。」
その言葉には、私を屈服させる意図が込められているのが明らかだった。だが――甘い。
「あら、伯爵様。」
私はにっこりと微笑み、深く一礼をしてみせる。
「このような立派な場に招待していただけるなんて、感謝の言葉もありませんわ。名門アッシュフォード家の威光を間近で拝めるなど、これ以上の光栄はございません。」
伯爵の眉が微かに動いた。その顔に浮かんだ一瞬の困惑を、私は見逃さなかった。
――こういう場面では、余裕を見せることが何より重要だ。相手が挑発してきたら、それを笑顔で受け流す。それだけで相手の計算を狂わせることができる。
「ブランフォード家の名誉は、君の軽率な行動で地に落ちている。」
伯爵が冷たく言い放つ。
「自らの非を認め、正式に謝罪をするのが筋ではないか?」
「非、ですか。」
私はわざと首を傾げ、しばらく考えるふりをした。
「なるほど。…ですが、具体的にどのような非を指しておられるのか、ぜひお聞かせ願いたいですね。」
伯爵の顔がわずかに歪む。その時、私の視線は会場の端にいる人間を捉えた。
――いた。証書を作るために待機している役人が。
彼らがこの場にいるということは、この一連の騒動を正式な記録で終わらせるための準備が整っている証拠だ。私は心の中でほくそ笑みながら、悠然と笑みを浮かべる。
「ちょうど良いですね、伯爵様。」
「……何がだ。」
「今この場には証人も記録係も揃っています。事実を明らかにするには、これ以上ない機会でしょう。」
伯爵の目が険しくなるのを見て、私はさらに口元を緩めた。
――この場で、一気に形勢を逆転する準備は整っている。
その時、背後から甲高い声が響いた。
「お義父様!」
その声に振り返ると、現れたのはジュリアだった。
――そして、その姿を見た瞬間、私は思わず顔を覆いたくなった。
彼女の顔には、あまりにも不自然な病人メイクが施されていた。頬をわざとらしくこけさせるための濃い影、目の下には大胆な青い色。まるで舞台役者のような大げさな装いだった。
「……ぷっ。」
思わず笑いが漏れた。それを抑える間もなく、口元が反射的に震えた。
ジュリアは鋭い目つきでこちらを睨む。その怒りが、かえって彼女のメイクの滑稽さを際立たせている。
「…どうかしましたか、ミレイア様?」
ジュリアが低い声で問いかけてくる。だが、その問いかけすらも茶番めいて聞こえる。
「いえ、何でもありませんわ。」
私は笑みを取り繕いながら答えた。
――これからが本番だ。全てを終わらせる時が来たのだから。
会場の空気は重く、緊張感が増している。だが、それは私にとって好都合だった。
――全ての伏線は張り巡らせた。この場で、それらを一気に回収してみせる。全てを終わらせるために。




