資料と真実と冷たい風
この二日間、私はひたすら机に向かっていた。
資料作り、証拠の整理、手紙の精査。やるべきことが山積みで、気づけば朝になり、昼を通り越して夜になっていた。
まあ、戦うっていうのはこういうことだ。派手な剣劇や魔法の打ち合いなんて存在しない。敵を倒すためには紙とペンが武器になる。それが今の私の戦場だ。
夫人から送られてきた資料は驚くほど充実していた。いや、充実というよりも、「こんなものまで記録していたのか」と恐ろしくなるレベルだった。
まず目に飛び込んできたのは、ジュリアの金遣いの荒さを示す領収書の山。まあ、予想はしていたけど、それにしても酷い。
「地味なドレスは嫌だと、宝石をあしらった高級ドレスを仕立てさせる。」
「王都の有名デザイナーの靴を買い漁っては放置。その数15足。」
「アッシュフォード令嬢のアクセサリーをねだった挙句、それを取り上げる……。」
独り言が思わず漏れる。信じられない話だが、証拠がここにある以上、疑いようもない。
――これでジュリアがどれだけ謙虚な令嬢ぶっても“経済観念のない、浪費癖のある人間”だと、十分に証明できる。
さらにブランフォード家での記録も見つかった。ジュリアが無給で酷使されていた、という主張を反証するための、出納帳だ。給金がしっかりと支払われていた事実がここにある。
私は書類をめくりながら、静かに息をついた。
――これで彼女の嘘は崩れる。金銭面でも、待遇面でも、ジュリアが自分の境遇を捏造していたことは、これで白日の下にさらされるだろう。あとは最後の証拠と証人を突きつければ、間違いなく勝てる。
だけど、それでも、私はどこか完全な達成感を得られていなかった。
資料を揃えて、真実を明らかにするのは大切だ。でも、それだけで「めでたしめでたし」と終わりになるわけじゃない。嘘を暴いても、全てが元通りにはならないのだ
――ミレイアの…いや、『私』の勝利条件はどこに在るべきなのだろうか。
「……。」
目の奥が疲れている。重たいまぶたを無理やり引き上げながら、私は手を止めた。
――少し、休もう。
私は椅子を後ろに引き、立ち上がった。
「…ちょっと疲れたかも。」
誰に言うでもなく呟く。静かな書斎の空気にその言葉が溶けていく。
「庭で休んでくるか。」
そして、部屋の隅に置かれたゴミ箱に目を向けた。相変わらず静かに頼もしく、そこにいる。
「……よし、久しぶりに二人きりで行こうか!」
私がゴミ箱を呼ぶと、「ピッ」と鳴って後を着いてきた。そのまま静かに書斎を後にする。
庭に出ると、冷たい風が頬を撫でていく。昼間の陽射しがまだほんのりと残っているものの、夕暮れが近づいていることが分かる空気感だ。
芝生の上を軽やかに転がる落ち葉の音。遠くで聞こえる小鳥の声。それらが私の耳に染み渡るように響いてくる。
「やっぱり、外はいいね。」
私はゴミ箱に語りかけながら、芝生を歩いた。そのゴミ箱は、私の横を黙々とついてくる。何も言わないけれど、その存在感が不思議と私を安心させてくれる。
「あなたも疲れたでしょう?」
もちろん答えは返ってこない。でも、この冷たい金属の感触が、まるで「大丈夫」と語りかけてくるような気がする。
私は庭の一角にあるガゼボに腰を下ろし、ゴミ箱を隣に置いた。
「ふう……。」
一息つくと、全身の力が抜けていくのが分かった。
――それにしても、酷い話ばかりだ。
夫人の資料を思い返すたびに、あの領収書や出納帳の数字が頭に浮かぶ。
――でも、これで十分戦える。
私はゴミ箱の蓋を軽く撫でた。その冷たい感触が、再び私の手に静かな安心感をもたらす。
「さて……もう少しだけ、のんびりしてから続きをやるか。」
私は庭の静けさに身を委ねながら、次の戦いの準備を頭の中で組み立てていった。
――勝負の時は、もうすぐそこだ。ここで気を緩めるわけにはいかない。




