表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/79

私とゴミ箱と元婚約者

馬車に乗るのは初めてだった。


揺れる車体と硬いシートがどうにも座り心地を悪くしている。だが、それ以上に私の視線を奪うのは馬車の外――森の中をついてくる自走式ゴミ箱の姿だ。


「……お嬢様、あの妙な箱は何なのです?」


甲冑の従者ことエリオットが不思議そうな顔をしながら、窓の外をちらりと見た。自走式ゴミ箱は、馬車の動きに合わせてスムーズに走り続けている。異世界の森だろうが道だろうが、こいつには関係ないらしい。その滑らかな動きは、まるで「私は今年のダカールラリーを走れます」とでも言っているようだ。


「ああ、これ?」


私はゴミ箱を指差し、少し得意げに答えた。


「これは私の、とても大事なものです。」


エリオットの眉が困惑気味に跳ね上がる。「大事なもの」と言われても、彼にとってそれが理解できるとは思えない。だが、私の中では確信があった。このゴミ箱は、私の現実に繋がる唯一の証だ。これを手放したら、本当に自分が誰だか分からなくなる気がする。


馬車が小さな開けた場所に停まると、私は窓から顔を出して、手をひらひら振った。


「こっちにおいで!」


自走式ゴミ箱がしっかりと私の声に応え、馬車の横にぴたりと停まった。その動きに、エリオットは目を丸くしている。


「……お嬢様、それを馬車にお乗せになるおつもりですか?」


「もちろん。」


私は当たり前のように答え、ゴミ箱を馬車に持ち込もうとした。エリオットは一瞬だけ抵抗したが、私が「大事なものだから」と断固たる調子で言い切ると、彼も折れて手伝ってくれた。馬車の中に収まったゴミ箱を見て、彼はため息をつきながら小さく呟く。


「これは夢でも見ているのだろうか……」


◆◆◆


やがて馬車は、見知らぬ城のような建物に停まった。


広大な庭園、豪華な建物、そしてそれを背景に立つ数人の男女。全員が私に心配そうな視線を向けているが、そのうち二人は明らかに歓迎の雰囲気ではなかった。中でもひときわ目を引くのは、鋭い目つきでこちらを睨む若い女性だ。


「まあ、今お帰りになられたのね。森は楽しかったですか?」


言葉の中に嫌味がたっぷり詰まっている。私は反射的に「ごめんなさい」と言いそうになったが、ここで下手に謝るのは不味い気がして口をつぐんだ。


「まったく…君がいなくなって、どれだけの人が心配したと思っているんだ?」


さらに言葉を重ねてくるのは、彼女の隣に立つ男性だ。年の頃は20代後半くらいで、凛々しい顔立ちをしているが、その口調には明らかな苛立ちが含まれていた。


「……誰?」


思わずそう呟くと、周囲の空気がピリついた。女性が小さく笑う。


「自分の元婚約者を覚えていないなんて、ますます無責任ね。悲劇のヒロインごっこは楽しかった?おかげで彼にどれだけの迷惑をかけたか、わかっているの?」


「婚約者……?」


何の話だ?元婚約者?迷惑?それどころか、私は彼らの名前も顔も知らない。そもそも婚約者がいる人生を送った覚えがない。


「迷惑をかけた自覚がないのか?それとも、迷惑をかけるのが楽しいのか?」


男性はさらに追い打ちをかけるようにそう言った。私は言葉を失う。ただでさえ状況が飲み込めないのに、次から次へと無責任なことを言われて、どう反応すればいいのか分からない。


そんな私の横で、エリオットが険しい顔をして一歩前に出た。


「レオン様、どうかそのくらいにしていただけませんか。お嬢様はお疲れです。」


「ふん、エリオット、君はいつも甘いな。」


男性は吐き捨てるように言い残し、女性と共に建物の中に入っていった。


私は取り残されたような気分で、馬車に置いてきた自走式ゴミ箱のことを思い出した。――あれを持ってきて正解だった。少なくとも、あれだけは私の側にいてくれる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ