証言の約束と秘密の日記
「約束していただけますわね――社交パーティーでの証言を。」
部屋の中央に立ちながら、私は令嬢たちを見渡した。先ほどまで笑いと噂話で満ちていた部屋は、今や静寂に包まれ、その場にいる全員が私の言葉に釘付けになっている。
カトリーナをはじめとする令嬢たちは、互いに顔を見合わせながら、小さく息を呑んでいるのが分かる。その顔には、まだ動揺と迷いが残っていたが、私はあえて追い詰めるような視線を向けた。
「つまらない僻みや遊びで、人の人生を弄ぶなんて――恥を知りなさい!」
その瞬間、カトリーナの肩が微かに震えた。
「……私は……」
消え入りそうな声が彼女の口から漏れる。
――その言葉がすべてよ。自分でもわかっているんでしょう? あなたがしたことの愚かさを。
「皆さまにもお力を貸していただきたいのです。」
私は部屋を歩きながら視線を動かし、他の令嬢たちにも目を向けた。
「このままジュリアの嘘を見過ごし、私のような人間を作らない為に。」
その言葉に、部屋全体が張り詰めたような静けさに包まれた。
「証言をしていただけるなら、私はここでのことを口外しません。」
あえて柔らかい口調に変えた私の声が、令嬢たちの耳に響いた。その柔らかさが、逆に彼女たちに選択を迫る圧力になっていることを、私はよく理解していた。
「……わかりました。」
最初に声を上げたのは、やはりカトリーナだった。その声は震え、彼女の自信が崩れ落ちたことを物語っていた。
「証言……します。」
彼女の言葉を皮切りに、他の令嬢たちも次々に頷いた。
「わたくしも……。」
「私も証言いたします。」
静かな声が連鎖し、部屋の中に広がる。私は静かに一礼し、微笑みを浮かべた。
――これで十分。あとはジュリアがこの“包囲網”を破っても負けないように、最後の一手を仕込むだけ。
部屋を出た私は玄関ホールで待っていたアッシュフォード夫人の元へ向かった。彼女は直立したまま、私を迎えるべく動かずにいた。その瞳は鋭く、冷たい光を宿しているが、どこかこちらを評価するような色も見て取れた。
「お見事でしたわね。」
夫人の言葉は短いが、その裏には重みがあった。私は一礼しながら柔らかく答える。
「ありがとうございます。アッシュフォード夫人のおかげですわ。そして――お願いが。夫人にもパーティーでの証言をお願いできますでしょうか?」
彼女は一瞬目を細め、私の顔をじっと見つめた。その瞳の中で何かを測るような動きがある。そして、静かに頷いた。
「もちろんです。……あと、例のものをあなたに託します。」
彼女が取り出したのは分厚い封筒だった。伯爵家の紋章が刻まれたその封筒を、彼女は私に差し出した。
「ジュリアが屋敷に来てからの支出や我が家の娘たちから預かった手紙です。彼女の行いについて訴える内容が記されています。」
私は封筒を受け取りながら、中の重みを感じた。それだけで、この中身がどれほどの力を持つかが分かる。
「さらに――」
夫人はもう一つ、小さな鍵のついたノートを取り出した。
「…これが秘密の日記です。ここに彼女の本性がすべて記されています。」
「……ありがとうございます。なるべくこれは使わないよう片をつけます。」
私は丁寧にそれを受け取ると、深く一礼した。
――これで決定的な証拠が揃った。
「この真実を、ぜひ世に知らしめてください。」
夫人の声には微かに震えがあったが、その言葉の端々には信頼と期待が込められていた。私はそれを胸に刻み、最後に微笑みを浮かべる。
――戦いは終局に入った。あとはこの手札をどう見せるか、それだけ。




