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再登場という舞台の幕開け

――拍手が聞こえた!突入の合図!


「失礼します――忘れ物を取りに来ました!」


私が扉を開けて入ると、部屋の中にいた令嬢たちの視線が一斉にこちらに向いた。


華やかな装飾に囲まれた公爵家の部屋で、豪奢な花柄のカーテンが揺れる午後の光景はそのままに、ただそこにいる人々の表情だけが固まっていた。


カトリーナの表情は、驚きと困惑が交じり合っている。その姿があまりにも滑稽で、私は思わず軽く微笑んだ。


「……あなた、帰ったはずじゃなくて!?」


カトリーナが問いかける声は、普段の余裕たっぷりの口調とは違い、わずかに震えていた。


――どうやら私の“登場”が予想外だったようね。


「確かに、馬車で出たように見えたでしょう。」


私は静かに部屋の中央へ進みながら言葉を続けた。


「でも、私たちは二台の馬車で来ていましたのよ。」


部屋中に微かなざわめきが広がる。令嬢たちは顔を見合わせ、カトリーナは静かに戦慄いている。


「一台目の馬車には、他の召使いたちを乗せて先に帰らせました。そして、私たちは別の部屋で待機していたのです。」


「待機?」


カトリーナの声が微かに鋭くなる。私は微笑みを崩さず、続けた。


「――アルフレッドが急に具合を悪くしてしまったんですの。」


その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わる。


「だから、お屋敷の方にお願いして――別の部屋で休ませていただきました。その間、私とエリオットが交代で付き添っておりましたのよ。」


私はカトリーナに向き直り、少し首を傾けながら柔らかく笑った。


「申し訳ございません。アルフレッドの体調を優先させていただきました。お許しいただけますわよね?」


カトリーナは何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだのがわかった。その表情がわずかに強張っている。


――ええ、わかっているでしょう。私が再びここに現れた意味を。


「カトリーナ様、顔色が優れませんわよ。」


私は静かに声をかけた。その言葉に、カトリーナは小さく肩を震わせ、顔を私の方に向ける。しかし、その瞳にはいつもの冷たさも、余裕も見当たらなかった。ただ、揺れる不安と怯えが滲んでいるだけだった。


――面白い。さっきまであれだけ威張り散らしていた女が、今や獲物を狙う猛禽の前に立つ兎のようだなんて。


「……何の、ことかしら?」


震える声で返した彼女の視線は、私ではなく、部屋の隅で直立不動のまま佇むアッシュフォード夫人に釘付けだった。


夫人は微動だにせず、ただカトリーナを見つめている。その瞳には冷たさ以上に、鋭い観察の光が宿っていた。


「カトリーナ様――」


その瞬間、夫人が静かに口を開いた。その声は凍るような冷静さを持ち、部屋の空気を一瞬で張り詰めさせた。


「……あなたがどういう人間か、ミレイア様や夫に何をしたのか、よくわかりました。」


カトリーナの全身が小さく震え始める。その動きが微細すぎて、取り巻きたちすら気づかないほどだったが、私にははっきりと見て取れた。


「わたくしが仲介した王族との縁談――あの話は、無かったことにします。」


その一言が放たれた瞬間、カトリーナの膝が崩れた。


「そ、そんな――!」


彼女は慌てて夫人の前に駆け寄り、その場に跪いた。


「…お願いです……お願いです!」


声は震え、瞳には涙が滲んでいる。


「何でもしますから……っ! どうか……どうか、それだけは、お許しください!!」


――“女王”の崩壊。


私はその光景を眺めながら、心の中で小さく感嘆していた。


――こうも簡単に崩れるのか。普段はあれだけ高慢な態度を取っておきながら。


「許す……?」


夫人が一歩前に進む。カトリーナはその影響でさらに肩を震わせた。


「あなたには失望しました。カトリーナ様、あなたにはわたくしの信頼を裏切るような真似をする必要など、なかったはずです。それを、どうして?今のあなたには、わたくしが紹介出来るご縁はありません。」


夫人の声は決して怒鳴るわけでもなく、静かに問いかけるだけ。しかし、その冷たさと威圧感は、彼女の心を深く抉る刃となっていた。


「わ、わたくし……!」


カトリーナは声にならない声を上げ、嗚咽を漏らしながら頭を深く下げた。


「……反省しているのなら、今すぐ行動で示してください。」


夫人がそう告げると、カトリーナは泣きながら必死に頷いた。その姿は、もはや“カトリーナ・ド・グリフィーネ”という名で知られる高慢な侯爵令嬢の面影を微塵も残していなかった。


――哀れだけれど、自業自得ね。この劇的な転落が、ここにいる全員の記憶に焼き付くことになる。


――これでこの場の主導権は私が握った。ジュリアの味方が、そのまま彼女へのカウンターになる。

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