【カトリーナ視点】驚愕
――きっと幻聴よ。だって、あの夫人の声なんて、もう聞きたくもないもの。
「気のせい……気のせいだわ、馬鹿馬鹿しい!」
私は無意識に笑っていた。
「ねえ、もう一回やってあげるわ!――まったく、あなたたちは何度注意されれば分かるのです!」
――自分でも良い出来だと思う。アッシュフォード夫人の口調も仕草も完璧に再現できたもの。
でも、取り巻きたちは静まり返り、次の笑い声が続く気配がなかった。いや、それどころか、皆の顔が何かに怯えるように強張っている。
「どうしたの? もっと笑ってもいいのよ。」
私が扇子を広げて軽く仰ぐと、誰かが小さな声で「……カトリーナ様……」と震えながら呟いた。
――何? どうしてそんな顔をしているの?
部屋の中に漂うはずの軽やかな空気が、いつの間にか薄暗い影に染まったように感じる。その異様な雰囲気に、私も無意識に扇子を閉じていた。
「……何なのよ。」
冷えた声で問いかけながら、取り巻きたちの視線の先を辿る。
――え?
視線の先にあるのは、部屋の隅に置かれた大きな箱。ミレイアが持参した、あの奇妙なゴミ箱を収納していた箱だ。
箱の中や外に、幾枚も羽毛布団が積まれている。そこから――。
「……。」
何かが動いた。
――まさか?
私は心の中で否定する声を上げながらも、目はその動きを見逃すことができない。
「…嘘よ…これは何の冗談…?」
呟く声が自然と震えていた。
布団の山が少しずつ動き、次第に何かが姿を現す。それは――。
「……。」
取り巻きたちが息を呑む。部屋全体が完全な沈黙に包まれた。
――嘘でしょう!?
羽毛布団から顔を出したのは、間違いなく、アッシュフォード夫人だった。
「……どうも。お久しぶりね、カトリーナ様。」
夫人の冷静で気品のある声が、静まり返った部屋の中に響いた。その声が、自分の笑い声とともに頭の中でリフレインする。
――何、何、何が起きているの? どうしてあの人がここにいるの??
私は立ち尽くし、無意識に扇子を握る手に力が入っていた。
「……これは、どういうこと、ですの?」
声を発するのがやっとだった。その声も、普段の私らしい威厳とはかけ離れた、弱々しいものだった。
アッシュフォード夫人はゆっくりと布団から抜け出し、羽毛を軽く払った。
「ごめんなさいね、カトリーナ様。久しぶりにお会いするので驚かせたくて。ちょっとした“余興”で、ここに隠れておりましたの。…ああ、侯爵様にお話は通してあります。」
微笑むその表情には、普段の厳しさとは違う、何か鋭いものが宿っているようだった。
――どうして……? どうして……?何のためにここにいるの???
部屋の中は再び静まり返り、令嬢たちは完全に固まっている。取り巻きたちも口を開くことすらできない。
「わたくしの物真似、本当にお上手でしたわ。」
夫人はそう言って軽く笑みを浮かべ、私に拍手をした。その音が耳に酷く響く。
――どうしよう、どうしよう、どうしたら、いいの…?全て聞かれてしまったの……?
私は声を出すことも動くこともできず、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。




