【カトリーナ視点】幻聴
午後の陽射しが斜めに差し込む部屋は、絹張りの壁紙と、華やかな花柄のカーテンに柔らかい光を纏わせていた。テーブルに並ぶティーカップや小皿、そしてミレイアが持ってきたお菓子の包みが、それぞれ宝石のように煌めいている。
――完璧な舞台。ここは私の城。誰もこの空間を乱すことはできない。
「そういえば、ジュリアったら――」
私は扇子を開き、軽く笑みを浮かべながら話を切り出した。周囲の令嬢たちの視線が一斉に私に集まる。その瞬間の静寂が心地よい。
「今度、伯爵にサファイアのネックレスを買ってもらうらしいわ。」
一言放つと、部屋にざわめきが広がった。
「まぁ!」
驚きの声があちこちから上がる。私は紅茶を持ち上げ、カップの縁を唇に軽く当てた。その冷たさが微かに肌に触れる。
「元は夫人へ贈るつもりだったそうよ。案外上手くやっているようね。」
言葉を重ねるたびに、令嬢たちの表情にさざ波が立つのが見える。
「まあ、ガミガミ夫人――あのアッシュフォード夫人より、若くて綺麗なジュリアの方が可愛いのでしょう。」
私はまた一口、冷めた紅茶を飲み下した。そのほろ苦さが喉を通り過ぎるたびに、胸の奥に小さな満足感が広がる。
――そう、これでいい。ジュリアが上手くやっていることを匂わせ、ミレイアに味方する者は排除する。それが、私の“やり方”。
「ガミガミ夫人!」
一人の取り巻きが、笑い声とともに声を上げた。
「本当によく言いましたわ、カトリーナ様!」
他の令嬢たちも笑い始め、部屋の空気が軽く弾む。その心地よさに、私もつい笑みを深めた。
「…まったく、あなたたちは何度注意されれば分かるのです!」
取り巻きの一人が、急にアッシュフォード夫人の物真似を始めた。その芝居がかった仕草と口調が、夫人の厳しい言葉を完璧に再現している。
「そっくりじゃない!」
私は声を上げて笑った。ほかの令嬢たちも同じように声を揃え、部屋中が笑いの渦に包まれる。
――これこそが私の支配する舞台。この空間の頂点に立つのは、他でもない私。
「もう一度やってみて?」
私が促すと、取り巻きが再び夫人の物真似を披露した。そのたびに笑いが繰り返され、私はますます気分が高揚していくのを感じた。
――だけど、ただ見ているだけではつまらない。
「ふふっ。ちょっと、私にもやらせて?」
声を少し抑え、私は軽く咳払いをして夫人の物真似を試みる。
「…まったく、あなたたちは何度注意されれば分かるのです!」
「 そ う ね 」
「!!!!!!」
――背筋に冷たいものが走る。
笑い声が響く部屋の中で、一瞬だけ、何かが耳元をかすめた気がした。
――今の……何?
私は咄嗟に動きを止め、扇子を閉じたまま周囲を見渡した。陽光に照らされる部屋の中には、取り巻きたちが楽しげに笑う姿があるだけ。いつも通りの風景が、そこに広がっている。
「どうされました、カトリーナ様?」
一人の取り巻きが首を傾げて聞いてくる。その顔には不安と戸惑いの色が混じっている。
「……いいえ、何でもないわ。」
私はゆっくりと笑顔を取り戻し、いつもの冷静さを装った。
――でも、今確かに聞こえた。笑い声の中に、アッシュフォード夫人の声が紛れ込んでいた気がする。
「思い違いだったようです。」
私はそう言って微笑んだが、胸の中では不安がざわついていた。
――ただの気のせいよ。夫人はここにはいない、彼女の声が響くはずもない。
「さあ、お茶会を楽しみましょう。」
そう言ってティーカップを持ち上げる。けれど、冷めきった紅茶の味は、妙に苦く感じられた。




