【カトリーナ視点】嫉妬の裏側
「……ジュリアがアッシュフォード家の養子になれたのは、少しの幸運と私のちょっとした“気まぐれ”がきっかけだったのです。」
部屋の空気が一瞬固まり、令嬢たちが戸惑いの表情を浮かべた。
――そうよ、驚くのも当然。私が“気まぐれ”で人を引き立てるなんて話、誰も信じないでしょうけど。
「ジュリアがどういう人間か、私が気づいていなかったとでも思いますの?」
私はカップをそっとテーブルに置き、笑った。
「ええ、わかっていましたとも――ジュリアがどうしようもない、薄っぺらい嘘つきだということくらい。」
部屋の隅から誰かが小さく息を呑む音が聞こえる。
「でも、それがどうしたというのかしら。むしろ面白いと思いませんこと? あのジュリアが、あのアッシュフォード家の“養子”になり、貴族の品格を求められるなんて。…彼女の薄っぺらい演技が、どこまで通用するのか――そういう茶番劇を眺めるのも、私には悪くない娯楽ですわ。」
口元に薄く笑みを浮かべ、取り巻きたちを見渡すと、彼女たちも微笑みながら私の言葉に頷いた。
――そう。私にとって、ジュリアの昇進は“気まぐれ”以上のものではなかった。
「それに――」
私は声を少し落とし、冷たい視線をゴミ箱に投げかけた。
「伯爵令嬢になった彼女が、ミレイアの婚約者を奪うなんて、とても楽しいじゃありませんこと?」
「えっ……?」
令嬢たちがざわつく。私は再び冷ややかな笑みを浮かべた。
「だってあの女、“善人ぶった偽善者”ですもの。偶には痛い目を見ればいいんだわ。いつも良い子でいようとして、周囲の称賛を独り占めして……。」
言葉を切ると、胸の奥から込み上げてくる苛立ちがまた私を支配した。
視界に入るゴミ箱が鬱陶しい。気に食わないミレイアも、使えないメイドも捨てててしまいたい。あと――
――口うるさい教育係こと、アッシュフォード夫人。
「アッシュフォード夫人……彼女は私たちの礼儀作法の指導をしていましたわね。」
私は過去を思い出しながら、言葉を重ねる。
「……この私に、礼儀作法の心がないだの、使用人を無下に扱うなだの、ご高説ばかり垂れて…!そう、彼女はミレイアばかり褒めるのが好きでしたわね。」
令嬢たちがまた顔を見合わせたが、私はそれを気にせず続けた。
「“ミレイア様の所作は真心があって美しい”だの、“ミレイア様の言葉遣いは完璧”だの――毎日、毎日、耳にするのはミレイアの話ばかり!」
私はカップを持ち上げ、その冷たさを感じながら紅茶を口に運んだ。
「どれほど私が気に食わなかったか、皆様にお分かりになりますかしら?」
令嬢たちは沈黙したまま、私を見つめている。その視線に気づきながらも、私は構わず笑った。
「ええ、だから私は“ちょっとしたいたずら”を仕掛けたのです。アッシュフォード伯爵にジュリアを紹介する、ミレイアの婚約者とジュリアを近づけるよう手を回す――それがどうなったか、皆さんご存知でしょう?」
誰かが小さく息を呑んだ。私は扇子を再び開き、優雅に顔を仰いだ。
「少しだけ舞台を揺らしてみるのも、たまにはいいものですわよ。」
――ミレイアがどれほど傷ついたかなんて、私にとってはどうでもいい。ただ、彼女の“偽善者の仮面”が少しでもひび割れるなら、それで十分だったのだから。
私は冷めた紅茶のカップを再び置き、静かに微笑んだ。
――そう、結局のところ、この舞台の脚本家は私。誰も私に逆らえないわ。




