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【カトリーナ視点】空っぽの真実

――勝った!


蓋を開けた瞬間、視界を覆ったのはただの虚無。


そこにあるのは、金や華やかな色の包み紙が幾つも、無造作に転がっているだけだった。


「……っ!」


言葉にならない声が喉の奥で詰まる。


――違う。こんなはずじゃない。この中には何かが、誰かが潜んでいるはずだったのに……。


「お菓子の包み紙だけ……ですわね……。」


取り巻きの一人が、おそるおそる呟いた。私は何も答えず、ゴミ箱の中をもう一度覗き込む。


――空っぽ。ただの包み紙。何の痕跡も、証拠も、秘密もない。


悔しさが胸を焼いた。喉の奥が乾いて、扇子を持つ手が少しだけ震える。


「……なるほどね。」


私は静かに蓋を閉じた。カタン――と、蓋が小さな音を立てる。その音は、場違いなくらいに響き、部屋の空気をさらに張り詰めさせた。


――悔しい。負けたような気分になる。


私は一度深く息を吸い込み、心臓の鼓動を鎮めるようにゆっくりと吐き出した。そして、いつもの冷たい笑顔を作り直し、背筋を伸ばした。


「……ふふ。」


静かな笑いを漏らすと、部屋の視線が一斉に私に集まった。


――他にも遣りようはある。私は負けない。舞台の主導権を、手放すつもりはない。


「皆さん、ご覧になりまして?」


私はあえて意味深な声で告げ、視線を泳がせる令嬢たちの顔を見渡した。


「ミレイアが途中で退席したのは――“証人がいない”ことに気づいたからですわ。」


「証人……ですか?」


令嬢たちがざわつき、互いに顔を見合わせる。


「ええ。――私が父に頼んで、ジュリアが不利にならないよう圧力を掛けて貰ったの。」


扇子を軽く閉じ、目を細めて微笑む。


「……あの……。」


一人の令嬢が震える声で呟いた。


「本当に……ミレイア様が、ジュリア様を虐めていたんですか?」


その声は、薄氷の上を歩くように慎重で、真実を恐れているようでもあった。


私はその質問を聞いて、無意識に小さく鼻で笑っていた。


――あのミレイアが、ジュリアを虐める?そんな馬鹿げた話、あり得ないでしょう?


「まさか!」


私は扇子を軽く広げ、優雅に顔を仰いだ。冷たい風が頬を撫でる。


「そんな度胸があるわけないでしょう、あの“偽善者”に?」


令嬢たちの視線が一斉に私に注がれるのを感じた。取り巻きの一人が「確かに……」と小さく頷く。その反応に、私は気分を落ち着けるように深呼吸を一つした。


――ミレイアはいつもそうだった。何をするにも“善人”の仮面を被って、周囲の期待を裏切らないふりをしていた。だけど、それがどれだけ癇に障るものか、彼女は分かっていなかった。


「以前――田舎の令嬢が手作りのドレスを着てお茶会に来たことがありましたの。」


令嬢たちは顔を見合わせ、好奇心と不安が入り混じった表情を浮かべる。私は優雅に扇子を仰ぎながら続けた。


「そのドレス、色はくすんでいて、デザインも野暮ったい。まるで母親が夜なべして縫ったような代物でしたわ。」


「まぁ……!」


誰かが小さな声を上げる。私は笑みを深めた。


「当然、私たちは笑う準備をしていましたのよ。だって滑稽ですもの――でも、あの女は違った。」


「“手作りのドレスとは素敵ですわね。お母様の愛情が込められていて、羨ましいです。”って褒めるんですもの。その田舎者の令嬢が、涙ぐむほど喜んだ顔をした時には、本当に場がしらけてしまいましたわ。」


私は扇子を閉じ、取り巻きの顔を見た。彼女たちは頷きながら私の話を聞いている。


「それだけじゃありませんわ。」


私は声を低くし、静かに視線を落とした。


「新人のメイドが濃すぎるお茶を淹れた時――私たちは教育の一環として、そのメイドの失敗を叱ってやろうとしていましたのよ。でも……」


「ミレイアは“これくらいの濃さならミルクティーにすると美味しいのです。クッキーに合いますわね。”と言って、牛乳を注ぎ、にこやかに“ありがとう”とまで言ったんですの。」


「まあ……!」


令嬢たちの誰かが呟く。


「私たちは、その瞬間、何も言えなくなりましたのよ。ただ、あのメイドが涙ぐんで“救われた顔”をするのを見せつけられて。」


扇子を再び開き、私は冷たい笑顔を浮かべた。


「どれだけ良い顔をすれば気が済むのやら。ねえ――滑稽でしょう? あの“善人ぶった偽善者”の笑顔。」


令嬢たちは口をつぐみ、神妙な顔をしている。私は内心で微かに笑った。


――そうよ。この苛立ちを共有できたなら、彼女たちも私の味方でい続けるはず。


「だから言えるのです――あのミレイアがジュリアを虐めるなんて、そんな大それたこと、できるわけがありません!」


ティーカップに注がれた紅茶はもう冷めていたけれど、その冷たさがむしろ今の私の胸の内に心地よく響いていた。


――さあ、次はどうしてあげましょうか、ミレイア?この舞台の脚本家は、私よ!

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