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途中退席という名の作戦

「失礼いたします。ミレイアお嬢様――」


その声は、お茶とお菓子の甘い香りが満ちた部屋の中に、一筋の冷たい風を吹き込んだ。


扉の向こうから現れたアルフレッドは、普段と変わらぬ冷静な佇まいだが、その眉間には深い皺が刻まれていた。


「……アルフレッド?」


私が名を呼ぶと、彼は無駄のない動作で歩み寄り、小声で言葉を継いだ。


「大変なことになりました。我がブランフォード家の証人の件で……」


「証人?」


私は意味深な響きを含んだその単語に反応しつつ、あえて驚きの表情を作る。


――いいわね、計画通り。


アルフレッドは言葉を続けようとしたが、部屋中の視線が彼に集まり、その場の空気を一気に引き締めていた。彼はそれ以上言葉を発することを控えた。


――よし、ここからが本番。


「まぁ……そんなことが……。」


私はわざと小さな声で呟き、ふっと肩を落とし、溜め息を一つついた。


カトリーナが微かに首を傾げ、疑念を含んだ視線を向けてくる。


――あなたは気づいていないでしょうけど、私は今、舞台の“幕引き”をしているのよ。


私はゆっくりと立ち上がり、優雅にスカートの裾を整えた。


「カトリーナ様、申し訳ありません……急用ができてしまいました。」


そう言いながら、深々と一礼する。部屋全体が静まり返り、令嬢たちの間にざわつきが広がった。


「お茶会の途中で退席するのは失礼だとは存じておりますが、どうしても外せない事情ですの。良かったら、引き続きお菓子をお楽しみください。」


私は一瞬だけ申し訳なさそうな表情を浮かべ、けれどもすぐに柔らかな笑みを取り戻した。


「ですが――」


私は視線を中央に置かれたゴミ箱へと落とした。


「申し訳ございません。こちらのゴミ箱はプレゼントではありませんので、後ほど引き取りに参ります。」


カトリーナの瞳が一瞬揺れた。彼女にとって、この“異物”はまだ何者か理解できていないのだろう。


「それと――皆さま。」


私は、少し口元を緩めて微笑んだ。


「このゴミ箱には、安全装置ことロックをかけてあります。間違っても解除して蓋を開けないよう、ご注意を。」


「……どういう意味かしら?」


カトリーナの声が冷たく響いた。私はゴミ箱の蓋に指を添え、軽く叩いた。


「これは自動清掃機能付きですので、間違ってドレスの裾やネックレスなどを吸わないよう、大きいサイズの吸引を止めたのです。誤作動の心配はありません。ただし……」


私は目を細めて、言葉を少しだけためる。


「右から2番目のボタンだけは――絶対に押さないでくださいね?」


「……押さない……?」


「ええ、絶対に。」


私は優雅に首をかしげ、意味深な笑みを浮かべた。


「万が一押してしまうと――少々“面倒”なことになるかもしれませんので。」


部屋全体の空気が固まり、令嬢たちはゴミ箱と私を交互に見つめている。


――“押さないで”と言われた時ほど、好奇心を刺激されるものはないわよね。


「では、失礼いたします。」


私はスカートを軽く持ち上げ、優雅に一礼した。そして振り返り、扉へ向かう。背後から、無数の視線が突き刺さるように感じた。


「ピッ」という控えめな音がゴミ箱から響いた。まるで、私の出番が終わり、次は自分の番だと合図しているかのように。


――さあ、あとはこの“舞台”に残された登場人物たちがどう動くかしら。


私は扉の向こうに待つアルフレッドの横に立ち、彼の少し緊張した顔を見上げた。


「……完璧です、お嬢様。」


アルフレッドが小声で言う。私は頷きながら、唇に小さな微笑を浮かべた。


「ありがとう。次の一手に進むわ。」


廊下の静かな空気の中、私は軽やかに歩き出した。背後に残る視線の余韻と、ゴミ箱が見せる“魔法ではない奇跡”が、このお茶会を思わぬ方向へと動かしていく――その確信を胸に抱いて。

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