陽の当たる場所で、甘い一口を
「ごめんなさいね、ミレイア様。」
カトリーナ・ド・グリフィーネ公爵令嬢は、そう言いながら笑顔を浮かべた。けれど、その笑顔はどこか冷たく、まるで冬の朝日に似た光を帯びていた。
「あなたの席やカップは、ありませんの。」
部屋のあちらこちらから小さな笑い声が漏れた。取り巻きの令嬢たちがカトリーナの言葉に同調し、視線の矢を私に向けてくる。
――なるほど。罠だと言われていたけど、やっぱりこういう手合いか。
私は、どこか微笑ましいものを見るような気持ちでその場を見渡した。お茶会の中心に座るカトリーナのテーブルには、陽光が窓越しに降り注ぎ、テーブルクロスは純白に輝いていた。その上に並べられたケーキは芸術品のように整い、ティーカップは白磁の艶を放っている。
――なるほど、“陽の当たる場所”は、まさにこのテーブルね。
「お気になさらず。」
私は静かに言葉を返し、笑顔を浮かべながらテーブルに歩み寄った。そして――
「……えっ……?」
カトリーナが声を漏らす前に、私は堂々とテーブルの上に腰を下ろした。
豪華なクロスの柔らかい感触が後ろ姿を包み込み、ケーキの甘い香りが鼻をくすぐる。
「……!?」
部屋が静まり返る。誰もが「信じられない」という顔をしているのが視界の隅に映った。
私は構わず、横に置かれていた華やかな苺のケーキに手を伸ばし、そのままふわりと掴む。
――うん、このスポンジの柔らかさ、最高ね。
そのままケーキを一口。苺の甘酸っぱさとクリームの滑らかな甘さが口いっぱいに広がった。
「ん~~……美味しい!」
私は心底幸せそうな顔を作り、令嬢たちを見渡した。口元に少しだけクリームをつけたまま、わざと何食わぬ顔で続きを食べる。
「……なっ……!?」
カトリーナの顔が真っ赤に染まる。
――“陽の当たる席”で、この景色を楽しんでいるのは私。今、この瞬間、彼女たちはテーブルの下から私を見上げている。
カトリーナはゆっくりと唇を噛んだ。その瞳には動揺と苛立ちが入り混じっていた。
――今までは違ったでしょう?あなたはいつも、ミレイアを見下ろす側だった。でも、今日はどうかしら?
カトリーナの内心が透けて見えるようだった。
「……今日のミレイアは……以前と違う……?」
彼女はテーブルの下で握りしめた拳を隠したまま、控えていた召使いに目をやった。
「ブランフォード伯爵令嬢、マナーがなっていませんことよ。……椅子を一脚、それからカップやお皿をもう一人分、持ってきなさい。」
その声は張り詰めた糸のように細く、しかし命令の響きを失っていなかった。召使いは深々と頭を下げ、すぐに扉の向こうへ消えていく。
――大方、呼びつけておいて「ミレイア」に恥をかかせて心を折るか、ジュリアに謝るよう脅す気だったんでしょう。残念だったわね、カトリーナ。
私は笑みを深め、さらにケーキを一口頬張った。周囲の視線が突き刺さるのを感じながら、優雅にティーカップの代わりに空のグラスを掴み、さも美酒を味わうかのように持ち上げた。
「……本当に美味しいわ。」
カトリーナがわずかに目を伏せる。
――あなたは今、この席の主導権を失いかけていることに気づいているのね。
「では、お茶会の続きといきましょうか?」
私は優雅に笑い、目を細めた。
――さあ、始めましょう。虚構の舞台を、この“甘い一口”から崩していく。




