華麗なる舞台と歓迎なき招待
グリフィーネ公爵家邸宅は、遠目に見ても圧倒的だった。白亜の外壁が陽光を受けて輝き、幾重にも重なる装飾が豪奢さをこれでもかと主張している。まるで「選ばれた者しかこの扉をくぐれない」と囁いているような佇まいだった。
――ええ、選ばれた者しか通れない場所、ね。だったら、堂々と通るだけのこと。
私は深呼吸し、まっすぐに邸宅の扉を見据えた。
「箱を丁寧に運んでね。」
後ろを振り返り、エリオットと、補佐の男性使用人3人に視線を送る。私の言葉に、エリオットは無言で頷き、静かな動作で大きな箱を両手で支えた。
「慎重に、丁寧に。これはただの“プレゼント”じゃないんだから。」
エリオットの目が鋭く光った。「心得ています」と言わんばかりの彼の姿勢は完璧だった。
……が、他の使用人たちは少し違った。
「……意外と、重い……な……?」
「えっ、本当にこれ贈り物なんですか……?」
一人が小声で呟き、別の使用人は息を吐きながら「お…重い…あと布団?も持っていくんですか??」と額の汗を拭った。エリオットだけが微動だにしない姿を横目で見て、他の三人は何やら尊敬の眼差しを送っていた。
――さて、乗り込む準備は整った。
私たちは堂々と屋敷の中へ足を踏み入れた。長い回廊を抜け、きらびやかな壁面装飾の廊下を進むたび、私の心には緊張よりも冷静な計算が積み重なっていく。
――お茶会の部屋に到着ね。
扉が開かれた瞬間、視界を覆ったのは絢爛たる花々と華やかなドレスの色彩。お茶の甘い香りが空気に漂い、笑顔を浮かべる令嬢たちの囁き声が軽やかに耳に届く。
そして――私の視線の先にいたのは、漆黒の髪をきっちりとまとめ上げた一人の女性。
カトリーナ・ド・グリフィーネ公爵令嬢
その姿は、社交界の「規範」そのものだった。凛とした表情に淡い色のドレス、控えめに輝く高価な装飾品の数々――彼女の一挙手一投足が「格の違い」を示している。
私が足を進めると、彼女も同じタイミングでこちらへ歩み寄ってきた。目元には笑みを浮かべているが、その奥には冷ややかな輝きが宿っている。
「ご機嫌麗しく、カトリーナ様。」
私は一礼し、優雅に言葉を紡ぐ。だが、彼女の視線は冷たく、まるで私を無礼者だと言わんばかりの鋭さを帯びていた。
「ご機嫌よう……これは驚いたわ。」
声は甘く、だがその一言一言は鋭い針のように私に向けられていた。
「捨てたはずの招待状が間違って届いたようね。」
――なるほど、そういう切り口で来るのか。
「可哀想に、ジュリアは伯爵家で治療中よ。…ジュリアを傷つけておいて、よくも抜け抜けと顔を出せたものだわ。」
部屋のあちらこちらから、ささやき声が上がるのを感じる。令嬢たちがカトリーナの言葉にうなずき、小さな笑いを漏らす――私を追い出す準備はもう整っている、という空気を作ろうとしているのが分かる。
私は自然な笑みを浮かべ、表情を崩さずに視線を彼女に合わせた。
――この程度の嫌味は予想通り。それどころか、想定内すぎてむしろ退屈なほど。
「お言葉ですが――どうやら誤解があったようですね。」
「誤解……ですって?」
「ええ。」
私は扇子をゆっくりと開き、軽く風を仰いだ。視線を滑らせるように部屋中の令嬢たちを見渡し、再びカトリーナに微笑んだ。
「私がここに参上したのは、今までの誤解を解き、皆さまと仲良くなりたいが為。数々のプレゼントも持って来ましたので、どうぞお楽しみに。」
周囲の空気が張り詰め、ざわつきが広がる。カトリーナの眉がわずかに動いたのを私は見逃さなかった。
――これでいい。あとは“あの箱”の中身が、勝負を決めてくれる。
エリオットと使用人たちは、指示された位置に布団と箱を丁重に置いた。赤のリボンがきらきらと光るその姿は、豪奢な部屋の装飾に見事に溶け込んでいる。
――私の“舞台”は、今ここに整った。
「……楽しませていただきますわ。」
カトリーナが静かに言葉を紡ぐ。だが、その声に微かな緊張を感じ取ったのは私だけだろう。
――ジュリア、あなたは気づいていないでしょうけれど、始まったのよ。
私は冷たい紅茶の香りを胸に吸い込み、次の展開を見据えながら扇子を閉じた。ゴミ箱は箱の中で静かに“その時”を待っている。
ゲームの幕は、今、上がったばかり。




