お茶会という戦場へ
私は書斎の中をゆっくりと歩き、窓辺に立った。赤く染まる夕陽が遠くの雲を照らし、地平線の向こうへと沈もうとしている。穏やかな景色に反して、胸の奥にはじりじりとした熱が広がっていた。
――ジュリアの嘘を暴くには、3つの証拠を揃え、社交界の中で“真実”を示さなければならない。そうでなければ、私の正しさも、この屋敷に尽くしてくれる人たちの誇りも守れない。その為には、まず――
私は、手紙の束から一枚の封筒を取り出す。
「……2日後に行われるグリフィーネ公爵令嬢のお茶会に行くわ。」
背を向けたままそう告げた私に、書斎の中は一瞬静まり返った。まるで、空気そのものが動きを止めたかのように。
「……お嬢様!」
最初に声を上げたのはエリオットだった。その声は、いつもの冷静さを忘れた鋭い響きを持っていた。
「グリフィーネ公爵令嬢は、ジュリアと親しいと聞きます!そのお茶会の招待状は、間違いなく罠でしょう!そこにむざむざ向かうのは危険すぎます!」
アルフレッドも深く眉をひそめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……エリオットの言う通りです、お嬢様。グリフィーネ家の社交場において、ジュリア様は公爵令嬢の『友人』という立場を利用して、あなたを完全に孤立させるつもりでしょう。下手をすれば、言い訳をする間もなく、悪者として葬られてしまいます。」
――もちろん、分かっている。罠だということくらい。
私はゆっくりと振り返り、二人の顔を見た。誠実な憂いを浮かべるアルフレッドと、剣のような瞳を向けるエリオット。どちらも私を守りたいという気持ちが痛いほど伝わってきた。
だからこそ――私は笑顔を見せる必要があった。
「……罠だとしても構わない。」
「お嬢様……!」
「これはチャンスよ。」
私は机の上に置かれた、小さなリボン付き包み紙を指で軽く弾きながら言った。
「ジュリアが“本性”を見せる場は、社交界の中でも限られているはず。だから、真実の証人を得たい私たちにとって、グリフィーネ公爵令嬢のお茶会は最も確実な場所なのよ。」
エリオットの眉がさらに険しくなり、足元に力を込める音が響く。けれど、私は続けた。
「ここで証言者を得られなければ、社交パーティーでジュリアを告発しても意味がない。」
「……。」
二人の沈黙が、私の言葉にどれだけ重みがあるかを物語っている。
「だから――準備を始めましょう。」
私は一歩前へ出て、声のトーンを少しだけ軽くした。
「アルフレッド、エリオット。」
二人が緊張した顔のまま私を見つめる。
「ゴミ箱が楽々入る大きな箱と、ふかふかのお布団、それから――可愛いリボンもよろしくね。」
「……お、お嬢様……?」
エリオットが一瞬言葉を失ったように目を瞬かせた。
「ふかふかのお布団とリボン……でございますか?」
アルフレッドも、思わず問い返した。その声には「聞き間違いではないだろうか」という戸惑いが含まれている。
「ええ。大切なゴミ箱に傷がついたら困るでしょう?」
私はいたずらっぽく笑い、手元の包み紙を丁寧に折り直しながら言った。
――ゴミ箱は私にとって、ただの掃除道具じゃない。社交界で勝つための“最強の秘策”なのだから。
「お嬢様……!」
アルフレッドは深い溜息をつき、わずかに苦笑を浮かべた。そして、次の瞬間には再び執事らしい落ち着きを取り戻し、しっかりと頷く。
「……かしこまりました。お嬢様のご意志に従い、完璧な準備をいたします。」
「……全力で護衛いたします。」
エリオットも鋭い瞳を宿しながらそう言った。
私はそんな二人に満足げな笑みを返し、書斎の扉へと歩き出した。
――ジュリア…グリフィーネ公爵令嬢のお茶会で、あなたの真実を暴く。あなたが“被害者”を演じる舞台はもうすぐ幕を閉じるのよ。
夕陽に照らされた書斎を背にしながら、私は心の中でそう誓った。銀色のゴミ箱が「その意気だ」と私を後押ししているように見えた。




